第40話



「……なるほど、な」

「ど、どうしましょうか……っ!? い、居留守しますか!?」

「……いや、熱出てるのにまったく反応なかったら滅茶苦茶心配しないか?」

「で、でもこのままだと私と島崎さんが会っていたのがバレてしまいよ!?」

「……俺のことが知られたくないのなら、どこか別室に隠れていようか?」


 二階程度であれば、窓から外へと脱出もできた。しかし、ここは十階である、飛び降りれば事件となるだろう。

 咲の言葉で密かに落ち込んでいた治がそんな提案をすると、咲は真っ赤にしたまま言った。


「し、知られたくないといいますか……島崎さんのことを見たいと何度か真由美は言っていたんです」

「……俺のこと知っているのか?」


 それがまず意外であり、治が問いかけると、咲はひくっと頬をひきつらせた。


「そ、そうですね……その、私……実はあまり男性との関わりがあまりありませんので、出かける場所とかで相談に乗ってもらっていたんです」

「なるほど……うん? ……でも、いつも自信たっぷりに『任せてください!』って言っていなかったか?」

「そ、それは今はおいておいてください! とにかくです、そういうわけで見られたら……か、からかわれるかもしれません!」

「……そ、そうか。悪いな、俺がいきなり押しかけたばっかりに」

「そ、それは別に嬉しかったからいいんですよ……っ。あっ、違います、そうじゃなくて……っ!」

 

 咲はぶんぶんと首を横に振ってから、声をあげた。


「というわけで、島崎さんの意見を採用しましょう! 部屋に隠れていてください! 私が対応してきますから!」

「あ、ちょっと待っ――」

「私の部屋以外ならどこでも入っていいですから! お願いしますね!」

「いや、だから――」


 咲はダッシュで玄関へと走っていってしまった。


「……玄関の靴くらい、さすがに隠してくれるよな?」


 そう信じて、治は別室へと移動しようとしたときだった。

 玄関のほうから大きな声が響いた。


「そ、そそそその靴は……っ!!」


 咲の戸惑ったようなその声で、靴を隠していないことがすぐに判明する。

 治は小さく息を吐いてから、玄関のほうへと向かう。

 廊下に出たところで、綺麗な女性と目が合った。

 

 ショートカットのその女性は大人びた服装をしており、咲と並んでも身長は僅かに高かった。動きやすそうな私服に身を包んだ彼女と、治は目が合い――


「あっ、そういうことねぇ?」


 彼女はにやにや、と笑った。

 それから女性はすっと靴を脱いでから、治の前で一礼した。

 それを見守っていた咲はあわあわと煙を吐き出しながら、その様子を見守っていた。


「初めまして、私は森島真由美っていいます。あなたがもしかして、島崎くん?」

「ああ……島崎治だ。もしかして……ってことはやっぱり聞いていたのか?」

「うん、まあね。なるほどねぇ……」


 じっと真由美が治の頭から足までを見た。治は居心地悪く視線を外していると、それから背中を向けた。


「島崎くんがいるなら、私は帰った方がいいかな?」

「そ、そんなことはありませんから!」


 ぶんぶん、と咲は顔を真っ赤にして首を横に振った。

 治もこくりと頷いた。


「……友達が来たのなら、俺もそろそろ帰るよ」

「え? あっ、別にその……無理にまだ帰らなくても……」


 咲が控えめにそういうと、真由美がくすくすと笑った。


「そうだよ、島崎くん。ちょっと手伝ってほしいことがあるからまだいてよー」

「手伝ってほしいこと?」

「うん」


 首肯した真由美が、咲を見る。


「それじゃあ、咲。一度服着替えよっか? 汗でびっしょりだしね」

「……すみません、お願いします」


 ぺこり、と咲が申し訳なさそうに頭を下げる。

 真由美は明るい笑顔とともに、治のほうに顔だけを向けた。


「そういうわけだから、島崎くんはお湯の準備してもらっていいかな? 確か、浴室に桶があったからお湯入れてきてくれないかな?」

「……わ、わかった」

「あっ、それとも体拭くほうやる?」

「ま、真由美!」


 真由美の冗談めかした言葉に、治はぶんぶんと首を横に振るしかなかった。

 真由美がにこりと微笑み、咲の背中を押していく。


(これは、とんでもない人と出会ってしまったかもしれないな)


 治は小さく息を吐きながら、お湯の準備へと向かった。

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