第39話


 治は彼女の食いっぷりに圧倒されていた。


 咲はぺろりとうどんを食べ終えた後、すぐにお粥も食べていく。あっという間にぺろりと食べ終えた彼女が、腹に手をやった。


「さすがに、いつもよりは食欲落ちちゃっているかもしれませんね。この量で満足させられるとは思っていませんでした」

「……それで、おちているのか?」

「は、はい、そうですが……あれ? これでも食べ過ぎていますかね?」

「……とりあえず、これだけ食べられれば大丈夫だろうな」

「な、なぜ触れてくれないのですか!」


 咲がむすっと声をあげるが、治はそれも聞こえなかったことにした。


「他に、何かしてほしいことはあるか?」

「してほしいこと……」


 そうつぶやいた咲と目があった。彼女は頬を赤らめ、恥ずかしそうにうつむいた。


「と、特にはないですね。大丈夫です、ありがとうございましたっ」

「……いや、いいんだ。それじゃあ、そろそろ俺は帰るよ」

「か、帰っちゃうんですか」


 咲が不安そうな声をあげた。

 その可愛らしい表情に治はうめき声をあげそうになってしまった。


「あ、ああ。あんまり長居しても悪いと思ってな。また何かあったら連絡してくれ」

「そう、ですね……本当に、ありがとうございました」


 ぺこぺこと何度も頭を下げてきた咲に苦笑しながら、治が椅子から立ち上がったときだった。

 部屋にピンポーンというチャイムが鳴り響いた。

 治は咲と顔を見合わせた。


「……来客、か?」

「……そうです、かね? でも、別に誰か来る予定はありませんし、島崎さんのときのように呼び出されてもいませんでしたし」


 呼び出されていなければ十階まであがることは不可能だった。


「……じゃあ、隣の部屋の人とかか?」

「……どうでしょうか? 挨拶を交わす程度ではありますが、家を行き来するような親しい人はいませんね」

「それじゃあ間違えて、か? とりあえず見てみるか」

「そうですね」


 咲がベッドから立ち上がる。


「あ、あれ!?」


 しかし勢いよく立ち上がった咲はそのままふらふら、と倒れそうになり、治が慌ててその体を支えた。

 両腕に彼女の重みが伝わる。そのまま抱きかかえるようにして、咲を支えた。


「だ、大丈夫か!?」

「は、はいぃぃぃ……」


 咲の腕から伝わる熱は想像以上に熱かった。

 何より、いつもあれほどたくさん食べているにも関わらず、その体は軽かった。

 顔が近い。少し治が動けば、キスができそうなほどの距離だ。


 見つめあうこと数秒、さっと咲が横を向いた。


「……あ、あのあまり見ないでください」


 恥ずかしそうに咲が横を向き、治は慌てて彼女を床に座らせた。


「わ、悪い……。あるくのが大変なら、俺が見てこよっか?」

「……どちらにせよ、私が確認しないとわからないと思いますし。それにさっきは勢いよく立ち上がったせいですから……ゆっくりなら大丈夫ですよ」


 咲はそういって見せつけるようにゆっくりと立ち上がった。

 治は不安だったが、何かあればすぐに動けるように彼女の隣を歩いて行った。


 二人は移動し、カメラで外の状況を確認する。

 そこには、綺麗なショートカットの女性がいた。


「……ま、真由美っ!?」


 咲が真っ先に声をあげ、治がちらとそちらを見た。


「……友達、か?」

「は、はい……そ、その体調を崩していると連絡はしていたのです。……同時に、納得しました。万が一のために、真由美と家族に一枚ずつ、このマンションに入るためのカードキーを渡しているんです。真由美、結構心配性ですから、様子を見に来てくれたのかもしれません……」


 治はそこで頬が引きつった。この状況、勘違いされる可能性が高い、と。

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