第38話



 リビングへと入り、治はテーブルに袋を乗せた。

 袋から買ってきたものを取り出し、テーブルに並べていく。


「それならよかった。一応簡単に作れると思ってうどんとパックご飯を買ってきたんだけど、料理はできるか? 無理そうなら俺が作ろうか?」

「りょ、料理できるのですか!?」

「……いや、料理ってほどじゃないだろう。うどんはかけうどん、ご飯はそのままおかゆにするくらいだぞ?」

「……」

「……もしかして、飛野はできないのか?」

「で、できますよ、そのくらいは。電子レンジくらいは使えますよ! ゴホゴホっ!」


 咲は声をあげてから咳き込んでしまった。

 馬鹿にするつもりで言ったわけではなかったが、咲はむすっと頬を膨らましてしまった。


「無理するなって……まあ、休んでてくれ。うどんとおかゆ、どっちがいい?」

「……両方、食べます」

「……食えるのか?」

「食欲はありますから」


 力強い言葉だった。


「……そうか。さすがだな」


 咲とともに部屋へと入る。相変わらず部屋の入り口にはゴミがたまっている。


「……普段は、綺麗なんですからね」

「わかったわかった」

「本当にわかっています?」

「ああ、わかってるって。とりあえず、飛野は休んでてくれ。必要なものがあれば呼びつけてくれていいからな。スマホもあるから、声を出すのが辛かったらメールでもいいからな」


 治が矢継ぎ早にそういうと、咲は呆けたような顔の後、小さく頭を下げた。


「……わかりました、ありがとうございます」


 それから治はキッチンに向かう。一切使用された痕跡のないキッチンではあるが、料理道具はしっかりとある。料理をするつもりはあったのだろうことが、このキッチンの様子から良く分かった。


 鍋を用意し、お湯を沸かしていく。

 治はうどんとおかゆを作っていく。


 それらを皿に移し、咲が休んでいる部屋へと向かった。

 咲の部屋は閉まっていた。


「飛野、料理できたんだが……」

「……」


 何度かノックと声掛けを行ったが、返事はなかった。

 治は仕方なく、ゆっくりと扉を開けた。


「飛野……」

 

 ふわりと咲の匂いが部屋を開けた瞬間に鼻腔をくすぐる。

 咲の家には来たのは二度目だったが、彼女の自室は初めてだ。


 落ち着いた咲の自室に僅かな緊張をしながら、治はうどんとおかゆを運んでいく。

 咲はスヤスヤと寝息を立てていた。その可愛らしい表情に見とれていた治は、すぐにそんな自分を叱りつけるように首を振って声をかけた。


「飛野……料理できたぞ」

「はい……」


 起こすのをためらないながらも、声をかけるとすぐに咲は目をこすりながら体を起こした。

 どこかぼーっとしたような顔をしていて、治は心配したが近くにあった小さなテーブルを運び、その上に料理を乗せた。

 咲がベッドを椅子替わりに、テーブルへと体を向けた。


「ありがとうございます、ここまでしていただいて」

「いや、気にするな。昨日が原因なんだし、俺だって多少は悪いだろ?」

「……そんなことありませんよ。傘を忘れた私が百悪いです」

「そんなことはないって。まあ……とにかく、早く食べてゆっくり休まないとな」

「……はい」


 それから、彼女はうどんを一気に食べていく。


「……食欲は、変わっていないんだな」

「そうですね。体調悪くても、私は普通に食べられる方ですね」

「……まあ、俺も確かにそうだな」

「これ、うどん何人前でしょうか?」

「……二人前だな。さすがに多かったとも思ったが、そんなことはなさそうだな」

「そうですね。まだまだいけそうです。……とてもおいしいですしね」

「そうか。味付けはネットを参考にしただけだ。感謝はそのレシピを公開してくれた人に言ってくれ」

「いえ、作ってくれたのは島崎さんですから、ありがとうございますね」


 咲の目元が緩み、その笑顔に治は照れくさかった。

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