第28話


 それから咲は、嬉しそうに手を合わせた。


「良かったです! 私、前から一度食べたいお店があったんです。バスに乗って移動することになるのですが、それでも大丈夫ですか?」

「……ああ、俺は別に構わないな」

「そ、そうですか……っ! それではまた、詳しい日程が決まりましたら、連絡しますね!」


 ぱっと目を輝かせた咲が、十字路を右へと曲がっていった。


「それでは今日も一日頑張ってくださいね」

「……ああ、飛野もな」


 治はそんな彼女の背中を見送り、真っすぐに道を歩いていく。

 予想外の出会いに、心臓が高鳴っていた。それから、咲を思いだし、ため息をつく。


「……男には慣れているんだろうな。俺がこんなに緊張して話しているのに、ごくごく自然だったもんな」


 ため息とともにぼそりと呟く。

 それから鞄を担ぎなおし、スマホで小説を読みながら歩いていく。


 学校につき、教室へと入り、治は席に座る。

 歩きながら思いついたネタや会話、文章などをスマホのメモに残していく。

 そうして、段々と形になっていく小説を、スマホで打ち込んでいく。


 時間があるときならば、ブルートゥースキーボードを取り出し、本格的に打ち込んでいくのだが、もうすぐ朝のホームルームが始まる。

 スマホをポケットにしまい、カバンに入れていた小説を取り出した治は、そのまま読書を開始した。


 始業時間のホームルーム前だった。

 いつも治をバカにしていたクラスメートの二人がちらちらと見てきていた。そして、どこか怪訝そうな表情をしている。


「……なぁ昨日なんだけどよぉ」

「おう、どうしたどうした?」

「オレ昨日彼女とデートだったじゃん?」

「なんだよ、いきなり自慢かぁ?」

「ちげぇよ! 昨日ショッピングモールにいったらよぉ、なんかオタク似の奴がよぉ……水高の飛野さんと一緒に歩いていたんだよ!?」

「なんだとぉ!? 飛野さんって言えば、水高一の美少女だよな!?」

(!?)


 クラスでオタクといえば治しかいなかった。

 治はその生徒たちの言葉を聞き、むせそうになった。しかし、すんでのところでこらえた。


 咲のことを他校の人間が知っていることにも驚いていたが、もちろん一番の驚きは誰かに見られていた、ということだった。

 ショッピングモールはこの辺りの学生にとっては手軽に通える遊び場だ。だが、治は誰かに見られるという危険性をあまり考慮していなかった。


 そんなことが頭から抜けるほどに、咲とのデートを楽しみにしていた部分もあり、それを自覚して一人恥ずかしくなっていた。

 彼らはくすくすと笑いあっていた。


「おいおい、んなわけねぇだろ。飛野さんっていえば、水高トップの女子だぜ?」

「そうそう。それはオタクに似ているだけの人だって」

「……あー、そうだよな? やっぱりそうだよな!」

「……でも、そうなると飛野さんがオタク似の奴がタイプってことになるのか?」

「ああ、そうなるのかもな?」


 二人はそれ以上治についての話題はしなかった。それから、別の女子グループに合流した彼らは、クラスのトップカーストグループを形成し、いつも通りの日常会話へと戻っていった。


 治はほっと胸を撫でおろす。


(……そりゃあ、そうか。外に出かけるってことは、それだけリスクもあるってことだよな?)


 咲と出かけるときは気を付ける必要がある。

 治は別に噂される分には構わなかったが、善意で申し出ている咲にまで迷惑をかけたくはなかった。

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