第29話
昼休み。いつもの通り生徒会室に足を運んだ咲はあることを思いだし、頭をかきむしっていた。
咲が頭をかきむしるような羞恥に襲われていたのは、朝の出来事が原因だった。
「……うぅぅ、私どうしてあそこで声をかけてしまったのでしょうか」
朝。バナナとカップ麺で朝食を済ませた咲が寝ぼけ眼をこすっていたときだった。
エレベーターから降りたところで、治がちょうど前を過ぎていくのをみかけ、駆け足で走っていったのだ。
その時は半ば無意識だった。それこそ、治が視界に入り、嬉しくなって声をかけていたのだ。
まるでご主人様の帰宅を喜ぶ飼い犬のような条件反射だった。
「……し、知り合いを見かけて声をかけることは別におかしくはありませんよね? ええ、そうですね。そうなんですよ」
誰もいないことを知っているため、咲は朝の行動についてそう自答し、納得していた。
その時、生徒会室の扉が開け放たれた。
「咲っちー、こんちはー」
「はい、真由美。良かったです」
一瞬で表情を引き締め、微笑を浮かべた咲は、真由美だったために表情を緩めた。
「相変わらず、生徒会長モードになるのとその解除が早いね」
「真由美にまで気を遣っていては疲れてしまいますから」
「それは嬉しいこと言ってくれるねー」
ひょいひょいと咲は手招きする。真由美はすぐにその近くの席に座り、弁当を取り出した。
「それで咲っちー、昨日の今日でまた緊急会議を開いたけどどうしたの? もしかして、島崎くんを誘えたとか?」
「……そんな、ところですね」
咲は少し誇らしげに胸を張ると、真由美は意外そうに眼を見開いた。
「なんですか、その反応は」
「だって、またあれこれ理由つけて誘うまでに時間がかかりそうだと思っていたからね。来週末くらいになるのかなー? とか思っていたんだよ」
「……誘えたのは、たまたまですね。今朝、島崎さんがマンションの前を歩いていくのを見て、声をかけたんです」
「え? 今朝? 家近いんだ」
「はい。すぐ近くのアパートで暮らしているそうですからね」
「あっ、そうなんだね。それはまた遊びに行くときとかいいね!」
「し、ししし島崎さんの家に遊びにいくなんてそんなの失礼ですよ!」
「えー、いいじゃん。ていうか、すでに家にはあげたんでしょ? 今度、遊びにいきたいーとか言えばいいじゃないの!」
「だ、だって……なんだか破廉恥ではありませんか?」
「そんなことを破廉恥だと思う人なんてめったにいないいない」
ぶんぶんと真由美は首を横に振る。
だが、咲にはいまだ羞恥心があった。
「それで? いつ遊びにいくの?」
黙り込んでいた咲に、真由美が訊ねた。
「……それなんですけど、土曜日、日曜日どちらにしようかで考えていたんです」
「向こうが迷惑じゃないなら、両方遊べばいいじゃない」
「りょ、両方はさすがに無理です……っ。私の体力と心が持ちません!」
「それじゃあ、土曜日にしたら? もしかしたら、日曜日も遊びたくなるかもだしね。あと、私の心境的に日曜日出かけるよりは土曜日のほうが出かけやすいかな? 次の日も休みがあるって思うとね」
自論交えて話す真由美に、咲は納得して頷いた。
「……確かに、そうですね。分かりました」
「ていうか、遊びにいく日なんて気にしなくてもいいのにー。そんなのどっちだって大丈夫でしょ? そんなに島崎くんに嫌われたくないんだ?」
「ち、違いますっ」
真由美のからかうような調子に、咲はわずかな羞恥を覚えながらも、首を横にふった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます