第27話


 いつもよりも書き進められた小説を見て、治は自分自身を褒めていた。

 順調に書き進められたのは、咲に放課後付き合ってもらったことが大きく関係していた。

 その時に感じた気持ちを中心に、小説を書いたことで、キャラクターをより人間に近づけることができた。


 それでも治は書き終えた部分を何度か見直し、不適切な文章、台詞を見つけ、それを正していく。

 そうこうしていると午前七時になった。

 学校に向かうための準備を始める。部屋にあったトースト機能付き電子レンジに食パンを二つ入れ、出来上がるまでの間に制服に着替えた。


 出来上がったトーストにはとろとろとチーズが溶けていた。大して料理ができない治にとって、このトーストは自慢の料理であった。

 ぱくりと一口食べる。ぱりっという食感に、チーズが混ざり合う。とろり、と口の中で溶けたそれに頬が緩む。


 朝の貴重な幸せをかみしめてから、カバンを持って治は家を出た。

 アパートを出てしばらく歩いていく。咲が暮らすマンションを気づけば見上げていた。


(……これじゃあストーカーみたいだな)


 自身の行動に対して首を振ってから、マンションへと背中を向けた。

 咲とは暮らす世界が違う。学力はもちろん、容姿を含め何もかもが次元が違った。

 それなのに、ここ最近彼女のことを考えてしまう時間が増えていた。

 

 仲良くなりたい、もっと彼女のことを知りたい。気づけばそう考えるようになっていたが、治はそんな自身を否定するように首を振った。


 咲と治では次元が……住む世界が違う。

 そう治は自分に言い聞かせていた。

 そうして、マンションの横を過ぎようとしたときだった。


「……あれ? おはようございます島崎さん」


 背後から名前を呼ばれた治はびくりと一度肩をあげ、振り返る。

 明るい笑顔とともに咲が駆けてきていた。眩しいくらいの彼女に、治は笑みを返した。

 

「……おはよう、飛野」

「おはようございます」


 視線が合うと彼女はふわりと微笑んだ。

 その自然な笑顔に、治は勝手に安堵を覚える。

 たたた、と咲はステップするように治の隣へと並んだ。


「そういえば、家近かったですもんね。今までももしかしたらすれ違ったことがあったかもしれませんね」

「……そうだな」


 200メートルもない距離だった。ただし、次の十字路で治はまっすぐに、水高である咲は右に曲がるだろう。

 それまでの短い時間ではあったが、並んで歩きだした。


「昨日は……ありがとうございました」

「こちらこそ、な」

「……そ、それで今度奢るというお話なのですが、土曜日か日曜日、どちらか空いていませんか?」

「……え?」


 治は素直に驚き、そう返していた。

 昨日の治の発言は無理やり彼女に奢るために言ったようなものだった。まさか、その続きがあるとは微塵も考えていなかったのだ。

 治のその返答に、咲の顔がくしゃっと歪んだ。

 今にも泣きそうなその顔に、治は慌てた。


「あ、あれ……? や、やっぱり次に一緒に出掛けるという話はなし、でしょうか?」

「い、いやそんな無理に奢ってくれなくてもいいんだぞ?」

「し、島崎さんは私と一緒に出掛けるのが嫌、ですか……?」

「い、嫌じゃないんだ。その、ただ驚いていただけだ」

「……驚き、ですか?」

「ああ。……次また誘われるとは思っていなかったんだ」

「でも、昨日約束したじゃないですか」

「そうだな……土曜日でも、日曜日でもどっちでも大丈夫だぞ」


 治がそう答えると、咲はほっとしたように息を吐いた。


 

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