第26話


 咲は何げなく近くの鏡を見ると、耳まで真っ赤に染まっていた。

 それで自覚すると、さらに羞恥がこみあげる。落ち着かせるように何度か深呼吸をした。


『どうしたの咲っちー?』

「……その、聞きたいのですがいいですか?」


 咲は枕に顔を一度埋めた後、スマホを見る。


『いいよ、なんでも聞いてよ』

「……私は、いまいち誰かを好きになるということの意味が分かりません。ただ、島崎さんと……一緒にいて、とても楽しかったのは確かです。こんなこと、実家にいるごんたと一緒にいるとき以来ですね」


 ごんた、というのは実家で飼っている柴犬だ。


『うん、実家のわんちゃんと比べるのはやめてあげてね。それたぶん言われても絶妙に嬉しくないからね』

「……とにかくです。確かに島崎さんとは、気が合う方だと思います。ですが、それは好きというものなのでしょうか? 一緒にいて楽しい、それは真由美にも当てはまることです」

『他には、ないのかな? 気が合う、とか以外にさ。手を繋ぎたいーとか、もっと一緒にいたいーとか、くっついていたいーとか。友達以上にしたいことが思い浮かぶのなら、たぶんそれって好きよりの好き、ってことなんだと思うよ?』

「…………ふ、不純異性交遊ですよそれはっ」

『あっ、したいんだ』


 反射的に答えた咲は、真由美の指摘で口をもごもごと動かす。

 反論は言葉にならず、唸るように言葉をぶつけていると、真由美がくすりと笑った。


『今は分からなくてもさ、咲っちがいつも言っているみたいに将来の保険のために、仲良くなっておけばいーじゃん』

「……将来の保険。それは勉強などを頑張る理由のことですよね?」


 将来やりたいことは見つかっていない。

 だから、将来やりたいことが見つかったときに困らないようにするため、今のうちに出来ることを頑張っておくというものだ。


『そうそう。将来本当に好きなんだって思った時に、嫌われていたらどうしようもないとは言わないけど、大変でしょ? だから、今のうちから仲良くしておくの』

「……そ、それはなんだかビッチではありませんか?」

『じゃあ、本当に好きだったらいいねってことだよ』


 真由美の考え方に、咲はすべて肯定とまではいかなかったが、それでも多少普段の考え方に近い部分もあった。

 そして、咲は改めて治のことを考え、それから早くなる脈拍に気付いた。


 治と過ごした時間を思いだし、口元が緩む。もう一度会いたい、会って話がしたい、声が聞きたい。そんな感情がいくつも溢れてきた。


 まるでそれを察したかのようなタイミングで、真由美の声が響いた。


『大事にしないとね』

「……そう、ですね。わかりました。頑張ってみます」

『うん、その意気だね。ああ、でも初恋は実らないともいうよね』

「さ、最後に余計なことを言わないでくれますか!?」

『あはは、じゃあね。また明日』

「……はい、また明日」


 真由美の言葉にうなずいて、咲は電話を切った。

 それからスマホを枕元に置いて、ベッドでごろんと横になる。

 治の姿を思いだし、また少し騒がしくなった胸の音に、咲はぶんぶんと首を横に振る。

 それらすべてを忘れるように、彼女は目をぎゅっと閉じた。

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