第3話 塔の上にはラプンツェルがいるらしい

―3―


指令1

『搭の上のラプンツェルを救出せよ』


「やだよ」

「お前いきなりか」

 結季はリビング中央の、アイボリーのソファに豪快に胡座をかき、横に座る尚人に小突かれた自分の頭を軽く撫でてから、拳で尚人の頭を小突き返した。

 それから目の前に腰掛けている渡辺さんに不満げに食って掛かる。

 彼はそんな結季の態度にもいつも通り飄々としている。

「だってなんか話がめちゃくちゃじゃん! 本人が嫌だっつったんでしょ、なら無理じゃん。そんなん請け負って渡辺さん何考えてんの」

「だって面白そうだったからね」

「相変わらず……他人事だね……」


 ここは一見どこにでもあるようなマンションの一室。

 但し地下である。

 管理人室の横の通路の奥のほうに、こっそりと隠れるように存在しているエレベーターでのみ立ち入る事のできる秘密の場所。

 ワンフロアまるごと彼らの居住区だ。

 そのフロアの中心に設えられたリビングに今集まっているのは5人。

 フロアの住人4人と、マンションの大家兼管理人、渡辺さん。

 5人は無駄に大きなガラステーブルを取り囲むようにして置かれたソファに思い思いに座っている。

 ガラステーブルの上には、とある豪邸の設計図と間取り図、外観写真が広げてある。


「ま、嫌なら拉致るしかないわな」

 尚人が結季を、お前の仕事だな、と言わんばかりの表情でちらりと見やる。

 結季は眉間に皺を寄せた。

「拉致られた本人に嫌がられたから拉致り返すとか意味わかんないわ。取り敢えず、どっから取ってきたのこれ」

「設計事務所とかセキュリティ会社とか、まあそこらへん。あとちょっと、色々」

 結季の独り言のような呟きに、集めてきた当人である雪也が答えた。

「しかし、これはどうしたものか」

 黒縁の厚い眼鏡越しに自分でかき集めた設計図などを眺めながら、雪也は考え込むようにしてトントン、と指でテーブルを叩く。

 集めた資料には契約しているセキュリティ会社のセキュリティシステム、鍵の種類、住人構成、車の車種と台数など、個人のプライバシーが筒抜けになるような情報が事細かに書き連ねられている。

 絵里がそのうちの一枚を手に取ってまじまじと眺めた。

「これを見る限りは、つまり家の鍵って家主本人は持ってないの? 鍵持ってないなら型が取れるわけでもないし、私が外から近付いても駄目なんじゃないかしら」

「鍵は全て使用人の一人が纏めて保管しているらしい。常に家の中にいて、なかなか表には出ない。家の中の詳細が知りたいな。ちなみに家主はこいつ」

 絵里に応えて雪也がまた封筒の中から出した一枚の写真をパサリとテーブルに投げる。

「あらちょっと良い男」

「若くして当主なんだとよ。若いって言っても42だけどな。ここの会社の形態も調べたんだが、実態は何してんだかイマイチ釈然としないな。怪し過ぎる。やましすぎる」

「そりゃあ多少の人攫いはしても不思議はないかもなぁ」

 尚人は頭の上で腕を組んで、依頼の内容を思い出した。




「幼なじみを、助けてやって欲しいんです」

 窓際に座っていたその男は、歯ぎしりでもしそうな表情で膝の上に拳を作った。

「幼なじみ、藍子は、親の借金のカタに売られたんです。中学の時に、突然連れ去られて……」




「中学って何年前の話だよー……」

 結季が嫌そうに天井を仰ぎ見る。

 横のソファで絵里が指折り数えた。

「今42なんでしょう。同い年だとしたらぁ……25年以上前?」

「ケーサツ行けよそんなん。誘拐事件じゃん」

「警察は届け出がないと動けまっせーん。何年も経ってから行ったけど、話が漠然としすぎてて相手にしてもらえなかったんだとよ。本人の親兄弟は諦めてたみたいだしな。仮に警察がこの家に様子を見に行ったとして、どうせはぐらかされて終わりだろ」

「なにそれ、只の馬鹿じゃん」

 結季の悪態に渡辺さんが口を挟まないので、代わりに雪也が結季を宥める。

「まぁまぁ」

 雪也はゆっくりと立ち上がって、キッチンの冷蔵庫に向かった。

 冷蔵庫から取り出したのは個包装のシュークリーム。

 雪也が日々サービス残業を繰り返したおかげで社内の女の子からもらった、ささやかなご褒美と銘打った個人的なプレゼントだ。

 雪也がほら、とそのシュークリームを個包装のまま遠くから投げると、結季は柔らかいそれを潰す事なく器用にキャッチした。

「そう言ってやるなよ。どのみちもう渡辺さん決めちまったんだし。俺らに拒否権はない」

「でもじゃあどうやって会うのさ。屋敷のてっぺんに隔離されて出て来ない人間に」

 べりっ、と個包装のビニールを破いて、結季が少し大きめのはずのシュークリームを一口で頬張る。

「鍵開けて中に入ればいいだろ、尚人いるんだし」

 雪也がさも当然のようにそう提案すると、絵里がでもこれ、と口を挟んだ。

「ディンプル錠って複製出来ないんでしょう? ねぇ尚人」

「ばぁか絵里、俺様なめんな。ディンプル錠は無駄に手間がかかるってだけで、どんな鍵でも開けるくらい訳ねぇよ。只俺は、24時間交代で扉の横に立ってるオッサン共の前でんな平和的な事ぁ出来ねぇ」

 うーむ……。

 揃って黙り込むと、一連の話を聞いていた渡辺さんがにこにこしながら、いやあ、楽しくなりそうだね、と呑気な声を出した。

「渡辺さん、なんかいい考えでもあるの?」

 結季が頬杖をつきながら尋ねると、渡辺さんはまさか、と笑った。

「僕はなんもないよ。でも、何とかなりそうなんだろ? 君たちなら」

「渡辺さん、いっつも丸投げ……」

「でも結季」

「ん?」

「『生きてる』、だろ?」

 その言葉を聞いた結季は、一瞬だけ目を見開いてから、すぐに苦虫を噛み潰したようなひどい顔になった。

「……。……けっ。渡辺さんのその笑顔嫌い! 雪也! シュークリームもういっこ!」





―4―


ステージ1

『取り敢えず中に入ってみましょう』


「百聞は一見に如かずってね」

「俺ほんといっつも思うわ。俺ら実はおまえのすっぴん見た事ねぇだろ」

 絵里の部屋から出て来たのは、大きな女優帽を被った誰だか分からない小太りで派手なおばさん。

 尚人は尊敬と呆れを込めた溜息を吐いた。

 彼女のそれは化粧というよりもはや特殊メイクの域に入っている。

 どうやって太って見せているのかは謎だ。

「怪し過ぎて逆にリアルだ……」

「平和的にお邪魔するためでしょ。しっかりしてよね運転手さん」

「はいはい。俺も黒スーツとか久々だわ」

 今回の設定は貴金属の売り込み。

 あちらこちらで種をまいて、やっと今日訪問する予定を取り付けた。

 モノも車も本物を手配済みだ。

「小道具ちゃんと持ってんでしょうね」

「商売道具は肌から離れねぇよ」

 絵里がリビングのソファに腰掛けて、バッグの中身を入念に確認する。

「結季が居ないとやっぱり静かね。私も学校行きたいわ。雪也は?」

「もう出るんじゃないか? ほら」

 ガチャッ

「悪い、お待たせ。行こうか」

 尚人の言葉を合図にしたかのようにタイミングよく部屋から出てきた雪也は、黒スーツに短めの髪をきっちりと後ろに流し、薄い色のついたサングラスをかけていた。

 絵里と尚人は、雪也のその姿を見て押し黙る。

「ん? なに、変?」

「……あくどーい」

「えっ」

「完全にヤバイ人だ……」

「えっ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る