あの日の夕焼け

ヨル

変わらない日常へ

 

『夕日が綺麗ですね』





 『2020年夏 あの話題のスマホゲームが遂にリニューアル!アプリをダウンロードし専用のパッチを付けることで貴方を異世界へ!』と自信満々なフレーズが書れたゲーム広告をぼーっと私は眺めていた。受験に無事合格し志望高校に入れた私は、高校最初の夏をどう過ごそうかと思案していた。現在進行形で2020年の夏ではあるが、暑すぎて、快適なエアコンの部屋でだらだらと過ごしている。



 昔から、友人が多くもない私は長期休みをほぼ読書と惰眠に費やすのだが、段々飽きがきていた。意味もなくスマホをいじっていると、たまたま目に入ったのがこのスマホアプリの広告だ。




 なんとなく、気になってゲームの説明欄を読むと、睡眠時に専用のパッチ(シール)を体に貼り付けると、夢の中で架空の異世界で遊べるといったものだ。暇潰しには丁度良さそうだ。パッチの方は、アプリのダウンロードが完了したら、住所、氏名を入力し家に無料で届けてもらえる。数日待って、パッチを受け取った。



 早速、アプリの簡単な基本設定をして、ベッドに入った。幸い、昼間から寝て怒られるような家庭ではないので、スムーズに寝られた。これで、夢を見れば何時間くらい遊べるかな。説明書によると、退出ボタンを押せばすぐに起きられるらしいけど。

ウトウトしながらそんなことを考えていると、いつの間にか眠っていた。


 


・・・・・・・・・


 目を開けると、青々とした草原がそこには広がっていた。いかにも、ゲームの初期ステージといった見た目だ。自分の姿を確認して見ると、白いシャツに黒いフレアスカート、黒のロングブーツ、胸元には黒字のネクタイ。背中側には申し訳程度に付いたロングマントが。服装をランダム設定にしたわりにはまともな装備じゃないだろうか。腰回りに、栗色のポーチがあるのに気づいて、中身を確認しようと触ると、目の前にタッチパネルが出てきた。どうやら、これを操作することで、カバンの中身を出し入れ出来るらしい。




 一通り、装備を確認した後、ポーチに入っていた地図を見て、近くの村へと向かった。歩いて、10分ほどたった頃、近くで金属がぶつかり合うようなキンキンとした音がし始めた。なんの…音だ?誰かが戦っているんだろうか?しかし、チュートリアルの戦闘は、村の冒険者ギルドで行われるから、草原での戦闘なんて存在しない。



「ハァッ! よし、攻撃あたった、え?キャッ!」



 うん、気のせいとかではないようだ。そのまま歩きつづけていたら、目の前でバリバリ戦ってるのが見えてきた。しかも、ピンチを絵に書いたような状況で。




・・・・・・・・・


 あー、ゲームバグったのかな。始まりの村に到着し、バタービールなるものを飲みつつ私の向かい側でニコニコと愛らしい笑みを浮かべる女性を見る。



 説明書通りなら、冒険者ギルドの加入時に、新人(ゲームプレイヤー側)の実力を確かめるため、冒険者である彼女と戦闘を行う。そして、戦闘時の操作方法を学ぶ流れだったのだ。因みに、彼女はその戦闘の後は一切登場しない。それが、どうして……、道の途中で、戦闘不能になりかけた彼女を担いで全力ダッシュを決め込まなくてはならないのか、誰か説明してほしい。約30分も魔物から逃げ回っていたんだぞ。武器選択は、ギルドでしか出来ないし、丸腰。彼女の武器もボロボロで使い物にならなかった。




 それにしても、このバタービールは美味しい。好物になりそうだ。



 じーっと、穴が開きそうなほど見つめてくる彼女。助けてもらったお礼がしたいと、近くの居酒屋らしきところで、バタービールを奢ってもらった。で、現在に至る。店に入ってから一言も離さない彼女に痺れを切らし、私が話しかけた。



「あのー、どうされました?」



「え?あっ、ごめん!見つめ過ぎちゃったね!」と、急に顔を赤らめて恥ずかしそうにする姿に、店の客達は密かに「いいな」と呟く。


 何故かって?彼女が、溜息が出るほどの美少女だったからだ。アーモンド型の綺麗な瞳、透き通るような白い肌、形のいい唇と筋の通った鼻。栗色の髪がふわふわと揺れると光に反射して、キラキラと輝く。実は、王女でしたと言われてもしっくりくる。しかも、声も鈴を転がすような心地よいもの。そりゃあ、普通の男性達ならコロッと惚れるかもしれない。


「本当にありがとう!いやー、よく私一人担げたね!重かったでしょう?私と貴方、そんなに身長も変わらないし」



「いえ、全然。軽かったですよ」



 嘘…じゃない、彼女は異様に軽かった。実際のプレイヤーと、ゲームキャラクター達は重さが全く違うのだろうか?

いや、そもそもゲームキャラクターを持ち上げる機会なんてそうそうないだろうが。



「そっか、意外と力持ちなんだね」と言って笑った。なんか店全体から「スコン」と恋に落ちた音がしたが気にしない。

完全に彼女の美貌に惚れた冒険者達は、いきなり腕相撲大会を開催したり、自分達の武勇伝を大声で話したりして、彼女の気を引こうと必死だったが全滅していた。



 彼女の名前はシエル。貴族じゃないので、名字はない。現在は商人をしている。なら、なんで魔物と戦闘して、倒れるのか益々分からない。しかも、ゲーム設定では冒険者だったのに、商人って。戦闘する経緯についてはハブらかされて全く教えてもらえなかった。


 シエルに、手頃な宿を紹介してもらい、元々ゲーム初期時に入っていた300ゴールドを支払う。日本円で3千円ほどだろう。どうして、そんなに安いのかというと、シエルと料金を割り勘して、本来1人で使う部屋を2人で宿泊したからだ。不思議とシエルとは意気投合し、1日で友人になってしまっていた。



「クロは結婚しようと思わなかったの?天使みたいに綺麗なのにさー」と前半は分かるが、後半は訳のわからないことを言い始めた。どうやらこの世界では、男女ともに16〜18歳が結婚適齢期らしく、結婚をしていない方が珍しいらしい。と言っても、シエルも結婚していないけど。




 さて、今日はこの辺にして、退出を……。

あれ?ない。さっきまで右端に表示されていた退出ボタンがどこにも見当たらない。しばらく、探してみるが一向に見つかる気配がない。これもバグだろうか。取り敢えず、ゲーム会社の相談窓口にコールして……。あれ?なんでだろう、ないな。なんか急に眠気が……。視界が段々暗く、狭くなっていく。








































「あぁ、やっと見つけた。私の愛しいカナリア」







バタリと倒れる様にベッドに眠った少女の黒髪を、妖艶な笑みを浮かべて、丁寧に手で梳いていく女性。ベッド近くにある蝋燭の火が怪しく光る。





************


 2020年の春に、私の恋人「カナリア」は亡くなった。幼い時からの仲で、私達は、死ぬ時まで一緒であるだろうと勝手に思い込んでいた。

 彼が、倒れるまでは……。ある日を境に隣国で広まる伝染病にかかった恋人は、ベッドから一日中出られない日々を過ごす様になり、患って1年ちょっとでこの世を去った。


彼の最後の言葉は


「いつか、必ず会いに来る。だから、待ってて」

 

だった。




 両親が早くに亡くなった私は、孤児院で生活することになり、天使に出会った。



 キラキラと星屑みたいに笑う少年で、私の国では珍しい黒髪。吸い込まれそうな宝石に似た紅い瞳に、中性的な顔立ちで、大人びた発言をする少年、それがカナリアだった。一目惚れした私は、毎日彼と会話をし、親友となり、恋人となった。


 私の片割れみたいな彼を失い自暴自棄になった私は、慣れ親しんだ村を出て、使い慣れない武器を片手に、魔物相手に突っ込んだ。結果は惨敗。生まれつき魔力の少ない私は、なんとか回復は出来るもの、魔力切れを起こして倒れてしまった。


「このまま、死ぬのもありかな」


 なんて考えていたら、いきなりフワリと体が浮いた。優しく抱き上げられ、そのまま視界が一気に揺れる。え?なになに?私、死ぬんじゃないの?だ、誰か助けてくれたの?

所謂お姫様抱っこ状態の私は、その人物の顔を見てみると


「か、カナ…リア?」



 いや、カナリアは死んだ。しかも、この子はカナリアより二回りほど小さい少女だ。



 でも、もうここまでそっくりな人はいないってくらいに同じなのだ。カナリアの好物のバタービールも美味しそうに飲むし、凛とした話し方も、星屑みたいな笑い方も、居酒屋で自分がモテてていたのに、私がモテると勘違いした鈍感さも。芯が通っていて強いのに、儚げな雰囲気も。







 いっそ……、全て同じにしてしまおうか。





 そうだ、確か黒魔術に人の記憶が変えられる便利なものがあった筈だ。

性別は変えられないけど、記憶なら変えられる。それに、彼女には、こちらの世界に来てもらおう。精神だけ切り離せばいけるはずだ。カナリアが、昔私にしてくれたように。愛してるわ、カナリア、たとえそれが、偽物の記憶だったとしても。












また、一緒に居られるね、カナリア




今度は…………、離さない。













【今日未明 16歳女性 黒川くろかわ皐月さつきさんが自宅で死亡しているのが発見されました。黒川さんは自宅で〇△会社のアプリゲームを使用中に死亡しており、警察は関連性を調べて」















ある日の夕焼けが美しく見える町で





「ねぇ、シエル。 最近、僕不思議な夢を見るんだ」




「夢?」




「うん、僕がクロって言う少女で、君を助ける話」





「でも、夢でしょう?」




「うん、夢だ。だって、僕達はこうして変わらない日常を送ってるんだから」




「そうねぇ」

「カナリア……、夕日が綺麗ですね」


 



「ふふ、シエルはそれが好きだねー、よし、じゃあ、いつものを言うよ」






『いつも綺麗だよ』










202☓年 春 記述者・??


いつからだろう、自分がこの世界の住人だと思うようになったのは。


いつからだろう、私が、僕になった日は。














これを読んでいる君達は、本当にそこの住人かい?

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あの日の夕焼け ヨル @kuromitusan

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