11 謝らなくちゃ

011


「やってしまった……あああぁぁ……っ」

サフィールは仕事部屋に戻るなり激しい後悔がどっと押し寄せ、頭をぐちゃぐちゃに掻き毟りながら机に付した

「また仕事を放り出して……。最近何度も申し上げていますが、溜めすぎです」

ドルドのお小言も全く耳に入らないほど、落ち込んでいた

なんて子どもじみて馬鹿げた身勝手な怒りを彼女にぶつけてしまったのだろう

可愛い人にあんなに怒鳴り散らして

故郷の人を恋しがる気持ちは彼女のもので、自分がどうこう言える立場じゃない

帰りたい気持ちも当然の感情だ

自分の帰したくない気持ちは、残念ながら彼女には関係のないことだ


「ああ、どうしよう……嫌われた」

ようやく彼女が自分が隣にいることを許してくれていたのに、努力を無に帰す行為だ


泣かせたよな……?きっと泣かせた

サフィールは頭に血が上っていて彼女の表情すら見えていなかった

勝手に怒って馬鹿みたいだと彼女が呆れていたらいい

だけど、自分は彼女にとって震えるほど怖い存在だ

どうしたって、彼女はマイナスに捉えてしまうだろう


しかも自分は彼女に謝罪を言葉で伝えられない

何度済まないと思って言ったって彼女には伝わならないのだ

謝り方を考えなければ


「ドルド、どうやったら彼女に謝罪できると思う?」

「さあ。それはご自身でお考えになるべき事では」

「最もだ。コーヒーをくれ。仕事する……」




***********




その日の夕食はライラはひとりだった

食堂には連れていかれず、部屋に料理が運ばれた

テーブルの上のメニューは全てライラの好物ばかりが並べられている

だけど、食はなかなか進まなかった


怒っているんだわ

主人はライラに怒って、食事も一緒にするのは嫌なのだ

彼と夕食を共にしないことは、たまにあることだった

だから珍しい事ではないのに、傍にいないことがとても悲しい


謝らなくちゃ

でも何に対して?

悪いことをした自覚も、その理由も分からないのに、何を謝ればいいの

ううん、私はたくさん彼に酷いことをしている

お世話になっているのに、たくさん泣いて困らせたし、嫌がって叩いたりもした


嫌なことをしているのはあのメイドと同じ……?


そう思い至ってライラは頭を殴られたようなショックが全身を貫いた

そんなつもりはなかったのに

メイドの行為は悪意あるものだ

でもライラの彼への態度は悪意はないが、彼にとってどうだろう

ただのペットの癇癪?でも、違ったら?

私に拒絶されて悲しいって、思ってたら?

そんな事思わないなんて、分からない

だって、ライラには彼の顔はいつも怖いものだったし、言葉も分からないから


このままひとりで過ごす事になったらどうしよう

ライラは寂しくて死んでしまう


ライラが呆然としながらスプーンを置いて席を立つと控えていたメイドがそそくさと殆ど手のつけられていない皿をワゴンに片付けていた


メイドが去った後、ライラは投げ捨てられていたスケッチブックを拾い上げた

あの後、何も考えられなくてスケッチブックを拾う事も怖くなってそのままだったのだ


謝らなくちゃ。この絵は、もう見せてはだめ


ライラはぎゅっと目を瞑って深く息を吐くと、一思いにユノーを描いた絵を粉々に破ってくずかごに捨てた

そして新しいページを開き、色鉛筆を手に取った




***


サフィールは地の底まで貫くような深い後悔と罪悪感に、どうしても彼女と顔を合わせる事が出来なかった

食事も一緒にせず部屋にも訪れず

夜は最近不眠は改善したようなのでもう魔術は使っていなかった


(可愛い人不足だ……。顔が見たい、会いたい。抱きしめたい)


彼女の部屋にはバスルームも備えつけられているので、彼女は食事以外で外に出る用事がないのだ

――そうさせているのは自分なのだが


こっそり夜に訪れて寝顔を見ることも自分に禁じていたので、もう禁断症状が酷い

何をしていても彼女の事を考えて、会いたくてたまらなくなる

恋しくてどうにかなりそうだというのに、未だにどうやって謝ればいいか考えあぐねていた


ふと彼女の為に買った童話の絵本の山積みが目に入った

(やはり、これしかないな)


サフィールはしまい込んでいた真新しいスケッチブックと絵の具を引っ張り出した


絵を描くのは嫌いではなかった

しかしサフィールにとって単にお稽古であり、親の考える嗜みでもあったので、半分仕方なくやっていた

精巧に絵をかけても、それだけだった

上手く模写できるだけで、そこには何の感情もない

教えに来る家庭教師によく上手いだけでつまらないと言われていた

そんな事言われてもサフィールにはどうすればいいか分からなかった

だから親元から離れると絵は描かなくなった


彼女には、淡い水色が似合うな


サフィールはスケッチブックに絵の具を乗せながら、愛しい彼女に思いを馳せるのだった


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