09 写真

009


部屋の真ん中に置かれたソファに座らされると前を向けば大きな1つ目の視線に晒される


〈なんでここに座るの?〉

「大丈夫だよ。大丈夫。座っていたらすぐに済むよ。ただの写真だからね」

〈あれが見てくるの〉


ライラは化け物が1つ目で三本足の何かの後ろに立ってゴソゴソとしているのを見て、三本足の何かが今にも動くのではないかと震えが止まらなかった


今縋れるのは隣にいる怖い化け物の姿をした主人しかいない

ライラは主人に抱きついて顔を埋めた


うわ、可愛いなぁ


サフィールは顔を赤らめでれでれと笑い、怯えているライラを抱きしめ返して頬ずりする

こんなことはもしかしたら二度とさせて貰えないかもしれないので、どさくさに紛れて頬にキスを落とした


「ギルランダ様?」

醜い異世界人と戯れて頬を赤らめる酔狂人を眺めていた写真屋は呆れた声でサフィールに声をかけた

写真屋の冷めた声を聞いたサフィールは少し居住まいを正し、引っ付いてしくしく泣いている可愛い人を覗き見た


「ほら、少しだけ離れて。可愛い顔が写らないよ」

〈やだぁ、怖い……〉


引き剥がそうとするがそれでもいやいやと首を降ってしがみつこうとするので顔を写せそうにない

こんなに怖がるなんて少し予想外だった

視線を向けてもらえるように人形を持ってくるのだった

サフィールは嘆息して、機械の方に手を翳した

写真屋はぎょっとして写真機から離れようとしたが、サフィールに何もしないと言われてその場に留まった


〈あ……〉

ライラはふと見た機械のその向こうに現れたものに目を奪われた


写真屋とカメラの後ろに現れたのは、うさぎや犬、リス、といった様々な動物だった

七色に煌めいた半透明の絵のそれらは自由に浮遊しながら動いている


「写してくれ」

「畏まりました」


見上げて鮮やかな光景を眺めていた写真屋はサフィールの一声により撮影に取り掛かった


「可愛い人、見て」

〈すごいっ〉


涙で潤んだ瞳を輝かせ見上げていたライラにサフィールはふっと目を細め、カメラの方に顔を戻した

―― カシャッ

その時、なんの合図もなしにシャッターが切られて、フラッシュが焚かれた

現れた動く絵に魅入られてたライラは機械から突然発せられた強い光に体をびくりと跳ねさせた


〈いや!〉

シャッターに大袈裟に驚く彼女にくすくすと笑ったサフィールは彼女の背を撫でてやる

「怖くないからね。あと何枚か、撮らせて。ね?」

主人がいつも以上に怖がるライラを撫でて宥めてくれていることは流石に分かったが、それでも機械の方を向くことは出来そうになかった


目がチカチカする·····私、目を攻撃されたんじゃないかしら

目を瞑ってもまだ発光している気がする


「分かった。あともう一度だけ、お願い。それが終わったら外に行こうね」

ぐしぐしと鼻を鳴らして泣き崩れているライラの顔を上げさせて、主人は窓の方を指さした

〈外?後で外行く?〉

ライラが尋ねるように同じように指を差すと主人はそうだよと頷いてくれた

〈遊ぶならもう少し我慢するわ〉


何度か眩しい攻撃に耐えようと思ったがやはりどうしても機械の黒々とした大きな瞳が怖くて顔をあげることが出来なかった

主人はライラが顔を隠そうとする手を退けようとしたり、前かがみになって俯いているのをあげさせようとしたり躍起になっていたようだがそれでもライラが嫌がっているとしばらくして光の攻撃が止み、主人はライラを掴む手を離したのだった

終わりだよと主人に頭を撫でられるとライラは外に出る約束などすっかり忘れて脱兎のごとく部屋を脱出した

もう眩しいのは懲り懲りだった


サフィールは風のように退散してしまったライラを苦笑いして見送りながら、控えていた執事に声を掛ける

「ドルド、顔を拭いてやってくれ。私は彼を見送るから」

「承知致しました」


写真屋は仕事は終わったとばかりに機材を片付けていたが、サフィールが近づき封筒を渡すとそれをさらりと受け取り中を確認する

「では確かに。はは、ギルランダ様が引きこもられてまさかこれほどの物好きになっていらしたとは、呆れますな。お父上はご存知で?」

「なんとでも言ってくれ。金は払っているのだから互いに文句はないはずだが?」

「ええ、その通りで。では今度は世にも珍しい異世界人とのご結婚の際にでもお呼びくださいませ」

「貴方は何か言わねば気が済まない性質のようだな」


サフィールのぼやきを無視して機材を持ち部屋を出る写真屋にサフィールは苦々しい思いをしながらもその後に続いた

「いい仕事でした。また」

「ああ·····」


玄関で見送ったサフィールの顔には疲労が浮かんでいた

相場よりもかなり上乗せして渡したので、彼にはいい仕事だったのだろう


物が楽しみだ


彼女がカメラの方に向いてくれる時間があまりに少なかったので写真の出来に関してはとりあえず顔が写っていればいいという淡い期待しかなかった

今回写真屋を呼んだのはひとえにサフィールが彼女の写真を欲しかったのもあるが、彼女の姿がサフィールの見ている最上の天使に写っているのか、それとも周りの目に映る醜怪な容貌の異世界人に写っているのか、それを知りたかったからだ

出来の良し悪しは別にして、その写真はもちろんサフィールの珠玉の一枚になるだろう

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