08 写真


主人の構いたがりに応じだしてから、少しずつ無気力の殻から出て気持ちが少し上向きに変わっていった

遊ぶ事がだんだん楽しくなり、その生活がライラの慰めになった


はじめは気乗りしないことが多かったが、彼の提案する遊びはどれもライラにとっては新鮮でわくわくして気分が自然と華やかになる


(それでも遊びから離れるとまだちょっぴり怖いけれど)


ライラは編み物の手を止め、たくさんのぬいぐるみの山を見た

少し前に主人にぬいぐるみを動かして人形劇を見せてくれた

それがとても素敵なものだったのでライラは思い出してふと笑みが零れた


この世界のぬいぐるみや人形は綺麗すぎてライラは触ることすら勿体ないと思っていた

故郷の村はそもそも貧しい人が多くライラはその底辺にいたので玩具などほとんど持っていなかった

でも主人が気軽にそれを手に取ってライラに抱かせてくれたので、次第に触ってはいけない鑑賞物から玩具として認識出来るようになった


編み物を置いてぬいぐるみを一つ手に取った


(この丸い耳の熊さんは一番好きだわ

黒い目が素敵だし、着ている服も可愛い)


ベッドに連れて眠りたいと思ったけど、万が一ヨダレでもつけたらと思うと尻込みしてそれはまだできていない


(もう昼もすぎてしまったからあの人は来ない

今日は遊びは無しね。ちょっとつまらない)


熊のぬいぐるみを大事に元の位置に置いて、ライラは窓辺のいつものソファに座り込んだ

あの主人が来なくてつまらない時や、メイドに酷くいじめられると、窓の外を見たりベッドに眠り込む

そうすると日々霞んで薄れていく故郷の思い出が蘇る

どちらかと言うとライラには楽しい思い出はほとんどないけど、義兄のユノーと過ごした日々はライラの全てだったのでやはり恋しくなる


一緒に食べたユノーの好物また作って一緒に食べたいな

私もあれが好きだから


(……やっぱり、帰りたいな)


私はずっとあの主人に飼われて生きいくのかしら

冬が終わったらここを出て1人で生きていけるようになれないかしら

帰る方法を探しながら生きていきたい


故郷は思うばかりでは帰れない事も流石にわかってきたので、最近はここを出たいと思うことも多くなった

そうした中で言葉を覚えようと思った事もあった

でもやはりそれは難しかった

ものの名前はたまにわかるときがあるが、それが文章にまで発展しない

残念な事にこちらの言葉はライラには未だ雑音でしかなく、言葉として捉えられないのだ


(私の耳が悪い?)



―― トントン

「……!!」


ノックだ!


ノックするのは執事と主人しかしない

ライラの気持ちは一気に高揚した


「可愛い人?入るよ?」

ドア越しのこもった声はやはり主人の声だ


扉を見つめるライラの瞳は期待に煌めいていた

今日は何をするのかしら?


〈……っ〉

予想に反して扉から入ってきたのは黒い影の主人ではなかった


(ひ、人·····?)

人なのかも定かでない、ぼやぼやした顔も分からない人だ

服を着ていて、肌の色がある

なのにその人の輪郭は絵の具を滲ませたようにぼやけていて、磨りガラス越しに見ているかのようだった

ライラは摩訶不思議な事に冷や汗をかきながら目を瞬かせた

すると、気づけばその人はいつもの黒い影に戻っていた


(今のは何?)


「どうしたの?すごい顔してるよ。

私の顔になにか着いてる?」


真顔で目を見開いて驚いている彼女はサフィールが声をかけると固まっていた体を弛緩させた


「今日はお願いがあるんだ」

ソファに座るライラの目の前に座った主人はライラの手を取った

「ちょっと来てくれる?」


ライラは手を繋がれて背中を押して扉の方へ促される


〈どこか行くの? もしかして雪遊びする?〉

ライラがきゃっとはしゃいで窓を指さすと、主人はライラの言ったことがわかったのか首を横に振った


「ふふ、ごめんね。今日は外には行かないよ。お客様が来てるから時間が取れないんだ

また今度行こうね」

ライラは違うのかと少し残念思いながら、主人に連れられて部屋を出た


はじめて連れていかれた部屋だった

そこには何かライラと同じくらいかそれより高い背の大きな1つ目の細い三本足の謎の何かが立っていて、その隣に見たことの無い影の化け物の人がいた

ライラは大きな一つ目がこちらを睨みつけているみたいに見えて不安になり、主人の腕にしがみついた


〈や、やだ……〉

「知らない人が怖いの? 大丈夫だよ。怖くない怖くない」

ライラは主人が背中を撫でてくれたが彼にしがみついて動かなかった

(もしかしてあの目を光らせて痛いことされるんじゃないかしら)


主人の顔を見るといつもの怖い顔をしていて、さらにライラの不安は高まった

(怒ってる……?)


ライラはどうしてもこの歪んだ恐ろしい黒い顔が見慣れそうになかった

遊んでいる時は楽しくて気にならないのに、その時間ではない時は窪んだ目を見る度吸い込まれそうな底知れない恐怖を思い出して泣きそうになる


サフィールは大きな目に涙の膜を湛えて泣きそうな顔で自分を見つめるライラに、寂しげに微笑んだ

「大丈夫。怖くないから、少しだけ我慢してくれないかな。試してみたいことがあるんだ」

彼女の腕を少し強く引っ張り、ソファへと向かう

〈う…やだ……行きたくない〉


「ギルランダ様、準備は宜しいでしょうか?」

「ああ、出来てないが、仕方ない」


サフィールは泣き始めた彼女の頬を撫でて涙を拭う

「ここに座って。大丈夫」

ライラはぐいぐいと引っ張られ、抵抗も虚しくソファへと転がるように座る羽目になった

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