06 魔法のスケッチブック

006



外に出てからというもの、主人は時々仕事を放り出してライラを遊びに誘うようになった


部屋は内鍵があるけどここの人達はライラの居る部屋の鍵を持ってる為、勝手に入ってくる

主人と執事の化け物は一応ノックしてくれるけど、それはただの合図でライラの意思など関係ない

軽いノックが聞こえたが、ライラは無視した



「……っ」

扉を開ける音がして後ろを振り返ると案の定影の主人がそこに居た

ライラは黒い影の窪んだ眼窩のような目を見つめて顔を恐怖で強ばらせた

歪んだ顔はやはり見慣れる事はなく、怖いものは怖い


「可愛い人、また来たって顔に書いてるよ」

〈何……?昨日も来たのに〉


サフィールは何か尋ねてきているらしき彼女に柔らかい表情を向けた

窓脇にある大きなソファに膝立ちになり外を眺めていたライラの隣に座ると、

彼女はいそいそとソファの端っこまで移動してしまった

その一連の仕草が可愛いやら寂しいやらで苦笑いを零した


彼女はサフィールが部屋に来ることに疑問を持っているが、勝手に部屋に来られるので仕方なく付き合っている

強引ではあるけれど、早くからこうしていれば良かったとは思う


(可愛い人は遊んでいる間だけは私の事を恐れて泣かなくなった)


はじめはサフィールの顔色を伺うような仕草を見せていたが次第に慣れたのかなるべく平静を装ってこちらを見ようとしている


(……まだ笑ってはくれないけど)


時折ふっと小さく笑んでいることはあるが、楽しそうにはしゃいだりするにはまだまだ彼女の心は開けてはくれていない


遊びが終わると心の糸が切れたように、泣きそうな顔をしてサフィールから距離を置く

遊んでいる間だけはサフィールが恐ろしい存在だという事を忘れているのだろう




「今日は何しようかな?」

〈出てって……〉


彼女はぼそぼそと小さく囁いてそっぽを向いてしまった


いつも気乗りしなさそうな顔をしているが、今日は感触がイマイチだ

どうやら今の彼女はサフィールとは遊びたくないらしい

日参すると呆れられると思い、日を置いて来ていたのだが、そう言えば昨日も来たのだと思い出した


「ちょっとくらい許して?本当は我慢してるんだ、これでも」

話していても見向きもしない愛しい人に少しだけ憎らしく思いながら、

ソファの下に無造作に広げられていたスケッチブックを手に取った

そしてその表面をとんとんと指で叩く


「見て?」

〈……?〉

彼女はその音に反応して、スケッチブックを眺めた


「これは前に君が描いたのだよね。

覚えてるだろう?」


そこには何か猫と犬を混ぜたような不思議な獣が描かれている

それが空想のものか彼女の世界にいるものを描いたのは確認できはしないが、サフィールは何かは分からない獣を描いていた彼女の様子が一番楽しそうだったのでそれをよく覚えていた


「この子はどんな風に鳴くんだろうね」

今から自分がする事はサフィールの信念に反する事だった

頼まれてもこういう事は誰にもしてこなかった


(……したくないんだよなこういう事。いや、今まで絶対にしないと決めていたんだ。

だってピエロみたいに惨めな気持ちになるから)


サフィールは指先でスケッチブックを撫でた

するとスケッチブックは淡い不思議な色の光を放つ


〈え……〉

「よく動かせていると思わない?」


ふわふわとたくさんの色の光で輝きながら、スケッチブックの中の動物の絵が踊り始めた

〈……!〉

ライラは信じられない思いで、その不思議な光景を目を輝かせながら眺めていた


スケッチブックに描いたのはライラの世界のどこにでもいる主に愛玩動物で飼われている小型の動物だった

触った事などないし近づくことすらできなかったが、とても大人しく飼い主に従順な子が多くライラはその子を飼っている人を羨ましく思っていた

ライラは自分の絵はまったくその可愛さを表現できていないと分かっていたが、故郷の好きなものを描いて自分を慰めた


その絵が今、目の前で足をばたつかせたり、飛んだりして踊っている

くるりとお洒落にまわったり跳ねると虹色の奇跡を描いて、それが幾重にも重なると、まるで一つの絵画のようだった


ライラは星空を見ているような繊細で煌めく多彩な動きに夢中だった

自然と笑みが零れてくる


〈可愛い!〉


ライラは思わず声を上げていた

もっと近くで見たいと無意識に主人に近づいていることすら気づかないほど、スケッチブックの中に釘付けだった


サフィールは顔を真っ赤にしてライラを見つめていた

(可愛いなあ。なんて君は可愛いんだろう)


溜め込んでいた熱い息をうっとり吐いた


可愛い人はこんなに愛らしく微笑むんだ

もっと笑って

その可愛い声をもっと聞かせてよ

私に笑いかけてくれないかな


彼女がけして自分に笑ってはくれないことをわかっていてもそう願わずにはいられなかった

それほど、彼女の愛らしい表情はサフィールを魅了していた

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