第48話 支援術士、悪者扱いされる


「こ、こここ、こいつは……」


【勇者】ガゼルの顔が影と驚愕で満ち、上向いた両目がぱっくりと見開かれる。それもそのはずで、彼の目前には巨躯のオーガが立っていたのだ。


「SSS級モンスターのオーガじゃねえか……! なんでそんな化け物がこんなところにいやがるんだ……!? クソッ、食われてたまるかってんだ!」

「ガゼルさんや、おやめなされ」


 抜刀するガゼルとオーガの間に立つ、幼女の姿をした【治癒術士】のマニー。


「お、おいマニー、早くそこをどきやがれ! オーガに食い殺されるぞ!」

「いやいや、ルードがオーガなのは見た目だけでして……」

「……え? そうなのか……?」


 あんぐりと口を開けるガゼルに、ルードと呼ばれたオーガがぺこりと頭を下げた。


「な、なんだ。なんか仕掛けがあんのかよ。驚かせやがって……」

「お、おで……ブツブツ……」

「……ん? 今こいつなんて言った? 聞こえねえよ」

「ルードよ、こんなときくらい頑張ってはっきり喋りなされ」

「す、すまねえ。初対面の人だと、どうも緊張しちゃって。おで、ルードっていう名前なんだ。口下手だけども、どうもよろしく」

「お、俺は【勇者】のガゼルだ。よろしく……」


 顔を引き攣らせながらも自己紹介するガゼル。それでもなお、オーガに対する懐疑に満ちた視線はしばらく尽きることがなかった。




「――と、こういうわけですじゃ……」

「なるほど……」


 今にも崩れそうな外面とは裏腹に綺麗に整頓された室内にて、マニーから事情を聴き、少し落ち着いた様子になるガゼル。


「じゃあ、このオーガ……いや、ルードってやつはマニーと同じように、【呪術士】から見た目が変わる刻印をかけられてるっていうのか」

「……そ、そうなんだ、おで――」

「――いや、ルードよ、お前さんが話すと極端に声が小さい上に聞き取りにくいからわしに任せてくだされ」

「りょ、了解……ブツブツ……」

「コホン……このルードはわしと同じ牢屋におってですな、そこで知り合ったのが最初なのですじゃ」

「へえ。じゃあ、こいつも《罪人》なのか?」

「……」


 そこでギロリとガゼルを睨むオーガの男。


「おっ、おいおい、心臓にわりいよ」

「お、おでは別に悪いことなんてしてないのに……ブツブツ……」

「こりゃ、ルードよ、わしが話すと言ったはずですぞ?」

「す、すまねえ……」

「この通り、ルードは小心者でして、虫も殺せない男。なんでも、親しい友人にしばらく預かってほしいという伝言とともに荷物を渡され、それからほどなくして兵士たちに殺人容疑で捕まり、荷物の中には被害者の金と血痕が付着したナイフが入っていたそうで……」

「つまり、あれか? 親しいと思ってたのは自分だけで、そいつに罠に嵌められたってわけかよ」

「う、ううぅ……」

 

 泣き始めるオーガの男ルード。


「親友だと思っていた男に裏切られ、誰にも信じてもらえず、この世を恨むのも仕方のない話。その上、こんな容姿にされたものだから独りぼっちになってしまい、頼れるのはたまに飯を持ってくるわしだけ。そんな彼がわしの復讐に加担してくれるのも、極自然な流れなのですじゃ……」


 マニーの話にルードが涙目で何度もうなずいていたが、最後にだけ首を左右に振った。


「おで、だからって無意味に悪いことなんかしたくねえけども、グレイスとかいうやつは大悪党だってマニーから聞いたから、おで、そいつを懲らしめるために協力したくて……ひっく……」

「なるほどなあ。しかしこいつ、泣く姿もこええな」

「うぐぅ……」

「まあまあ、ガゼルさんや、確かに恐ろしい姿ですけども、あくまでも呪いなので本物のオーガより遥かに動きが鈍くて、歩くのもやっとなほどで、共通するのは力持ちなことくらいで……」

「へえ、じゃあ怖いのは見た目だけってわけか……。でも、こんなんでどうするんだ? まともに歩くことさえできねえって、それが何の役に立つってんだよ」

「う……うぐぐ……」

「お、おい! こええから睨むなって!」


 再びルードに睨まれてたじろくガゼル。


「だ、だって、そうだろ、マニー。お前も何か言ってやれよ。グレイスの野郎に思い知らせてやるなら俺とお前だけで充分じゃねえか。こんな化け物と一緒にいたら、下手すりゃ兵士どもに目つけられてまた牢屋行きだぜ」

「いやいや、みんな揃ってこそ意味があるのですじゃ」

「はあ?」

「うぅ?」

「ちょいと二人とも、耳打ちを……」

「「……」」


 マニーに耳打ちされ、それまで陰鬱げだったガゼルとルードの顔が一気に明るくなっていく。


「そ、その作戦ならいけるんじゃねえか!?」

「い、いける。これならいけるっ……!」

「お、おい、喜ぶ姿もこええよ!」

「うぐぐっ……」


 喜んだのも束の間で、ルードはまたしても暗い表情に戻るのだった。

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