第47話 支援術士、メイドを雇う
「おいおい、マニー。もう一人の仲間に会いにいくっていうけどよお、こんなところ、そもそも本当に人が住んでるのかよ……?」
「まあまあ、ガゼルさんや……そんなことを言わずに、とにかくわしについてきてくだされ」
【勇者】ガゼルが【治癒術士】マニーに案内されて向かった場所は、都の郊外にあるスラム街の中でも特に荒れ具合が酷い地域で、山積みにされたゴミや異臭の中、今にも潰れそうなバラック小屋が所狭しと並んでいた。
「うげえ……それになんだよここ。ゴミだらけでキタネエしくっせえし、墓場よりもよっぽど気味がわりいところだぜ……」
鼻をつまみながらいかにも不快そうに歩くガゼル。
「こういう場所じゃないとまずいのですじゃ……」
「へ……? なんだよそれ。お、おい、待てよ。それ、どういうことだ……?」
「そこに着いたらわかることですじゃ」
「おい、しまいにゃ帰るぞ――」
「――お願い、見捨てないでっ」
一度は帰り始めたものの、引き摺られながらも必死に足にすがりつくマニーの姿を前に、ガゼルは立ち止まってあきらめたような顔を見せた。
「……ちっ、わかったよ。ついていきゃいいんだろ! てかマニー。お前、中身爺さんのくせにやたらと幼女の姿が板についてんじゃねえか」
「これも、生きるためですじゃ……」
「……」
暗い笑みを見せるマニーを前に若干怯んだ様子のガゼル。
それからまもなく【治癒術士】が立ち止まったのは、一際大きなボロボロの建物の前であり、それはさながら化け物の住処のようですらあった。
「――ルードよ、出てくるのですじゃ。お仲間を連れてきましたぞ」
「お、おおお、その声はマニーじゃないか……」
「……なっ……なんだ、と……」
軋みをあげながら建物の扉が開き、ルードと呼ばれた者が姿を現わした途端、ガゼルの顔が見る見る青くなっていくのだった……。
◇◇◇
「お客様、どうぞこちらへっ」
「あらまあ、ありがとうねえ」
杖をつきながら店に入ってきた、腰の曲がった婆さんを健気に支えたのは、最近になって【なんでも屋】でメイドとして働くことになったエプロン姿の長髪の少女で、かつて俺と死闘を繰り広げた【剣聖】の眼帯少女ナタリアだ。
彼女は《貴族》ということもあり、殺人を犯したわけではないので罰金と《騎士》に格下げされるだけで済んだのだ。
それでもあれから別人のように明るくなり、客に奉仕することで今までの行為を償いたいと言ってくれたので、信用してうちで雇うことにしたんだ。客が減りそうだからやめたほうがいいという声も一部からは上がったものの、純粋で前向きな彼女の気持ちに応えたかった。
それにナタリアは細身だが力があり、太った客でも軽々と両手で持ち上げることができるので、ベッドに重い病や怪我を患った客を運ぶ際には重宝するし結構役立つんだ。
「――あ、そうだった。グレイス先生、アルシュ、あたし、とある情報を掴んできたんだけどさ……」
「おぉ?」
「え、何々?」
その上、彼女は色々な情報も掴んできてくれる。自身がそうだった経験から、俺が恨まれる可能性を考えて周囲の動向とかを探ってくれてるんだ。ただ、やたらともじもじしてて気まずそうだな。一体どんな情報なんだか。
「ちょっと言いにくいんだけど……グレイス先生に恨みを持ってるっていう、あの【勇者】ガゼルが例の事件の容疑者として牢屋に入ってたらしくて、つい最近疑いが晴れて解放されたみたいで……」
「「ええっ……?」」
俺は思わずアルシュと顔を見合わせた。とんでもないことに巻き込ませちゃったな。また恨みを買ってしまってそうだ……。
「でもぉ、このあたしがグレイス先生とアルシュを守ってみせるから、大丈夫だよぉ……ヒヒッ……」
「あ、あひっ!」
「……」
病的な笑顔を見せるナタリアに、治療が終わったばかりの客が怯んだ様子で走り去ってしまった。たまにこうして元に戻っちゃうことがあるが、それは生まれ持った彼女の性質みたいなもんだからしょうがない。
「ねえグレイス。ナタリアの話が本当なら気をつけなきゃね」
「ああ、ガゼルはあきらめの悪いやつだからな」
「何かあったら守ってね」
「もちろん――」
俺とアルシュは見つめあったが、すぐ近くでナタリアがじっと恨めしそうに凝視してくるのがわかって急いで視線を逸らした。
「――あ、あたしに構わず、どうぞ続きを……ぐぐっ……」
「「……」」
いやいや、なんの続きだよと。それに、仮にそういう空気になったとしてもナタリアの隻眼が怪しく光る中でできるわけないだろうと……。
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