第三章

第46話 支援術士、手を組まれる


「な、何? 例の事件が解決して、疑いが晴れたからもういいって?」


 薄汚い牢屋の中、山賊風の男がはっとした顔で立ち上がる。


「うん、そうそう。だから、おめでとさん。もう帰っていいよ」

「おお、サンキュー……って、んなわけねえだろ! てんめえ……ふざけんじゃねえってんだよ! 俺を誰だと思ってやがる? 世界でも希少な【勇者】の一人、ガゼルだぞ!」


 牢屋から出されるも、長髪を振り乱して激昂した様子で兵士に掴みかかる【勇者】ガゼル。


「そうなのか? 山賊にしか見えなかったが――」

「――お、お前っ!」

「仕方ないだろう。お前は連続手首切断事件の犯人として、見た目が怪しすぎるということで通報を受けたのだ。我々は民を守るべく怪しき者を捕らえ、兵士としての責務を果たしただけなのだからな」

「う、うるせえっ! 俺を誰だと思ってやがる!」

「【勇者】の一人だっけか。その風貌では本当かどうかも怪しいものだが」

「疑うってのか!? おい、これを見ろっ!」


 ガゼルが鼻息を荒くしながら手の甲を兵士に見せると、まもなくそこに槍と盾を持つ人物の刻印が浮かび上がった。


「おや、《騎士》階級の方だったのですか、これは【勇者】だというのも信憑性がありそうで。失礼を」

「失礼を、じゃねえ! たったそれだけか……? おい、舐めてんのか!?」

「で、どうなさるおつもりで? 一応我々兵士も《騎士》階級ですし、ここで正当な理由もなく暴れ回るようなら、また牢屋に逆戻り――」

「――くっ……お、覚えてやがれっ……!」


 捨て台詞とともに兵士の足元へ向かって唾を吐き、その場を立ち去るガゼル。


「……ん?」


 彼は駐屯地を飛び出してからしばらくして、怪訝そうに振り返った。


(誰か俺をつけてやがるな。一体誰だ……? まさか、今度はほかの事件で兵士どもに疑われてんじゃねえだろうな。面倒だから撒くか……)


 ガゼルが走り出したそのときだった。猛然と追跡してくる者がいて、彼は舌打ちしながら路地に入り込むと、背中の剣を抜いた。


(手荒な真似はしたくなかったが、このままじゃ追いつかれちまうから仕方ねえ。気絶させてやる……)


 足音が近づいてきて、ガゼルが剣を振り上げる。


「――こいつっ!」

「お、お待ちをっ!」

「な、何……?」


 ガゼルが振り下ろそうとした剣を寸前で止める。その下で杖を掲げるようにしてへなへなと座り込んだのは、白装束に身を包んだ幼女であった……。




「――つまり、アレか。グレイスの野郎に恨みのあるナタリアって【剣聖】の女が、やつに擦りつけるために手首切断事件を起こしたってわけか」


 冒険者ギルドの一角、ガゼルが至って幼い容姿を持つ少女と向かい合う形で座っていた。


「その通りで、グレイスめも相当追い詰められたようでしてな。しかし、【剣聖】に対して剣で決闘して勝つという信じ難い手段で解決した上、真犯人のナタリアを許したことで、今や人々からは《英雄》のような扱いを受けているとか……」

「畜生……つまり、俺はそれに巻き込まれた格好ってわけだ! やっつけてやろうって思ってたのに、逆にこっちがやられるとはな……」


 ガゼルが忌々し気にテーブルを叩き、幼女が相槌を打つ。


「その悔しいお気持ち、わしもよく理解できますのじゃ」

「で、お前はグレイスからどういう被害を受けたんだ? ぶっちゃけ、ただのガキみたいに見えるけどよ。まさか、悪戯されたのか……?」

「残念ながら、それは違いますのじゃ。わしは【治癒術士】のマニーという者でして……」

「バ、バカ言うなよ。その姿、どう見ても10歳以下で【天啓】すら受けてねえだろ」

「いやいや、これには深い事情がありましてな。わしはグレイスめがたった銅貨1枚で【なんでも屋】を開くようになってからというもの、ぱったり客足が遠のき……生活する金欲しさに子供を人質に取り、その家族に莫大な金を要求したものの、結局お縄についてしまい、一生幼女となる呪いの刻印をつけられたのですじゃ……」

「……な、なるほどな。それじゃますます仕事もこねえだろう」

「仰る通りで、子供の姿になったせいか回復量も極端に少なくなり、牢屋から出たあとも苦労の連続でして、ほかの仕事をしようとしても、ガキに一体何ができるかと一蹴される有様で……」


 マニーと名乗った幼女が、涙目で体を小刻みに震わせる。


「マニー、お前がグレイスを恨む理由はよくわかった。俺があいつの元仲間で、軋轢があるのを知ってて近付いてきたってことも。んでもよ、やつは犯人扱いから一転して今じゃ《英雄》みてえな扱いなんだろ? そんなやつをこれからどうやって落とせるっていうんだ……?」

「そこのところは、わしに任せてもらえれば。とてもいい考えがありますゆえ……」

「ほおっ……」


 それまでの陰鬱な空気を一掃するかのようにマニーがニヤリと笑い、ガゼルの顔がパッと明るくなった。

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