第49話 支援術士、騒がれる


「グレイスどの、お覚悟っ! せいっ……やあぁっ!」

「うぐっ……」


 相変わらず重みのあるジレードの槍を受け流していく。だが、もう一方的にやられはしない。


「――はあぁっ!」

「くっ……!?」


 いつものように、俺たちはテリーゼの屋敷でジレードの胸を借りて訓練していたわけだが、彼女の猛攻に耐えるだけでなく、こうしてたまにだが隙を突いて反撃し、バランスを崩壊させることで勝つチャンスも見えるようになっていた。


「さ、さすがグレイスどのっ。今のは危なかった。しかし、それまで……!」

「うっ……」


 ただ、やはりそこは経験の差というやつか、すぐに持ち堪えられて防戦一方になってしまう。ナタリアとの決闘以降、彼女自身も感化されて研鑽を積んだらしく、鋭さや攻撃パターンの多彩さが激増していたのだ。


「テリーゼさん、覚悟! それっ……!」

「はっ……!?」


 またその一方で、アルシュにしても長所を生かすべきというテリーゼのアドバイスを受けたことが功を奏し、【魔術士】特有ともいえる豊富な魔力と詠唱スピード、さらには得意の火魔法で、言い方は悪いがゴリ押しのような一点集中作戦によってテリーゼを窮地に追いやる場面もあった。


「――ま、まだまだですわ……!}

「はうっ……!」


 だが、そこはやはり【賢者】の地力が勝り、まともに受けるのではなく、受け流すという普通は物理でしかできない技術を水魔法で簡単にやってのけ、さらに勢いが弱まったところで地の魔法でせき止め、アルシュのほうへと風魔法で逆流させたのはさすがといったところだった。


 そうだな……よく考えたら魔法職の敵とやり合う機会だってあるかもしれないし、ダンジョンワールドには魔法を使うモンスターもいると聞く。それに備える意味でも、近いうちに彼女たちと戦ってみるのもいいかもしれない。


「それぇ……!」


 一方、【弓術士】のカシェはひたすら弓矢で的を狙うということを繰り返していた。ただ、その的も執事の爺さんに持ってもらって不規則に動くところを狙うので難易度は高いが、いずれも命中させていた。


「ひっ!?」

「あ、ごめんなさいですー」


 たまに威力がありすぎて的を突き抜けることがあり、見てるこっちがヒヤヒヤしたが。


「――みみっ、みんなっ……!」

「「「「「あ……」」」」」


 俺たちのほうに慌ただしい様子で駆け寄ってきたのは、メイド姿の【剣聖】のナタリアだった。【なんでも屋】の留守番を頼んでおいたはずだが、一体……。


「……はぁ、はぁ……ぜぇ、ぜぇぇ……」

「「「「「……」」」」」


 何事かと俺たちが黙り込む中、ナタリアの激しい息遣いだけが聞こえてくる。というか、【なんでも屋】からこのテリーゼの屋敷は結構距離があるわけなんだが、そこから走ってここまで来たのか……。


「ナタリア、どうしたんだ? そんなに慌てて」

「……な、【なんでも屋】が、大変なことに……。オ、オーガが……」

「「「「「えぇっ?」」」」」


 オーガはSSS級のモンスターで、生息地はここからかなり離れた険しい山の奥、それも洞窟の深部なので町の中にいるはずもないわけだが、ナタリアが冗談を言ってるようにも見えない。俺はみんなと驚いた顔を見合わせると、急いで店のほうに戻ることにした。




「――あ、あれは……」

「う、嘘……」

「なんということでしょう……」

「バ、バカなっ……」

「オーガがいますねぇ……」


 俺に続き、アルシュ、テリーゼ、ジレード、カシェの呆然とした声が馬車内に響く。


「ほぉらご覧よ……! だからあたしが口を酸っぱくして嘘じゃないって言ったじゃないかっ……!」


 ナタリアが興奮のあまりか窓から身を乗り出して叫んだ。テリーゼの屋敷を出発して以降、しばらくして【なんでも屋】が見えてきたわけだが、その周囲にやたらと大勢の民衆が集まってると思ったら、店の前に本当にオーガが立っていたのだ。


 いや、それだけじゃない。山賊みたいな風貌の男と、白装束を着た幼い少女もオーガの近くにいた。大好物の小さな女の子が近くにいるくらいだから、オーガに見えてオーガじゃない可能性が高そうだが、それでもわけがわからない。一体なんなんだ、あいつらは……。


「おう、来やがったぜ! 噂の【なんでも屋】のグレイスがよ!」


 俺たちが馬車から降りると、山賊風の男が威勢よく叫び始めた。声があいつによく似てると思ったら、そうか、【勇者】ガゼルか……。


「やいやい、治せるものなら治してみやがれってんだ! ここにいる男にかけられた呪いをな!」


 呪い……そうか。あれはオーガに変身する呪いを【呪術士】によってかけられているわけか。


「バカ言うな! グレイス先生なら治せる!」

「そうよ! ふざけたこと言わないで!」

「あんたは知らないだろうが、グレイスさんはな、なんだって治してきたんだ!」


 一部の野次馬がかなり興奮してるな。ガゼルの目的は一体なんだ……?


「ハハハッ! 笑わせるな、野次馬ども。治せるものかよ!【呪術士】がかけた上位の呪いなんて、どんなやつにだって治せないものなんだからな!」

「う、うぇぇん……グレイスしゃまなら、このおじさんにかけられた呪いを治してくれるもん……!」

「……」


 なるほど。あの泣いてる女の子やオーガが共謀してるかどうかはともかく、俺はガゼルの考えてることがなんとなくわかってきた。

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