第18話 支援術士、言い聞かせる
「――さあ、入れっ!」
「そこでじっとしていろ!」
「騒ぎ立てればどうなるかわからんからな!?」
「え……」
兵士たちに駐屯地まで連行された俺は、そのままなんら事情聴取を受けることもなく牢屋にぶち込まれてしまった。
こうなると次は弁解する余地すら貰えず処刑されてしまうんじゃないかと不安にもなるが、こういうきついときだからこそ前向きにならなきゃいけない。暗い気持ちは同類である負のエネルギーを集めて鬱屈した感情を生み出すからだ。そうなると体調にも狂いが生じる等、負の連鎖が起きてしまう。
大丈夫、大丈夫だから……俺は明るく笑ってそう心の中で自分に言い聞かせながら、この状態に変化が訪れる瞬間をじっと待った。
「――たわけ者はお前かっ!」
「あ……」
ドタドタと慌ただしい足音が近付いてきたと思ったら、アロンジュヘアのいかにも貴族然とした恰幅のいい中年の男が現れて俺を指差してきた。
「どうしてお前がここにいるのか、その理由がわかるかっ!?」
「……」
実は、こうして変化があるのを待っている間に落ち着いてきた結果か、俺は大体の理由がわかっていた。
「呪い返し、だったかな」
「そうだっ!」
やはりそうだ。呪い返しとは、呪いを治したときに呪ったほうにエネルギーが逆流することであり、半日ほど高熱が出て苦しむものの、安静にしていれば三日ほどで元気になるんだ。つまり、彼はテリーゼを【呪術士】に呪うように依頼したカシェの身内ってことだ。おそらく見た目の年齢的に父親だろう。
「でも、それはすぐ治るので問題は――」
「――バカモノッ! それが問題ではないわっ!」
「え……?」
「呪い返しとは、すなわち呪いを依頼したということの証であり、禁じ手を犯したということの何よりの証明だからだ!」
「あ……」
そうか、そういうことか。確かに禁じ手であり、しかも相手が同じ《高級貴族》だから、もしテリーゼ側が訴えれば王命によって軍の内部調査が入り、厳罰に処されるだろう。
「かねてから噂が出ており、疑われている立場だから、もし相手が訴えてきたら、私も娘のカシェも終わりだが……【なんでも屋】のグレイスとやら、お前も終わりだ。たかが《庶民》が《高級貴族》である我々を愚弄したも同然なのだからな! これは厳罰に値するっ!」
「……あなたはそれでも父親なのか?」
「な、何……?」
「《庶民》に愚弄された? だからなんだよ。《高級貴族》としての体面のほうが娘の病気よりも大事だっていうのか」
「お、お前……」
青い顔で黙り込むカシェの父親。
「あなたの娘、カシェは苦しんでいた。その一端は、あなたの家族を顧みないその性格にもあるのでは?」
「お、お前なんぞに何がわかる! 視力の悪い娘を持った私の苦しみが、青二才のお前なんぞに……!」
「俺は呪いを解除したときに、呪われた側だけでなく幼馴染を呪わざるを得なかったカシェの苦しみも嫌というほど感じた。父親であるあなたがその苦しみを少しでも担うべきでは……?」
「ぐぐっ。カ、カシェ……」
余程こたえたらしく、父親がその場にへなへなと座り込んでしまった。
「グレイスとやら……確かに、お前の言う通りだ。私は娘の苦しみを知っているのに見ない振りをしていたところはある。もう少し側で寄り添ってあげるべきだったのかもしれん……。だが、もう何もかも終わりだ。私たちは処刑される運命――」
「――いえ、そうはなりません」
「「あ……」」
そこにやってきたのは、車椅子に乗った《高級貴族》のテリーゼと、付き添いの《騎士》ジレードだった。
「確かに呪ったことは重罪ですが、わたくしたちがその件を許せば、軍による内部調査が入ることもないでしょう」
「お、おお。テリーゼさん、それは本当だろうか……!?」
「はい。ですが、条件があります。この方を……【なんでも屋】のグレイスさんを自由にしてあげてください」
「テリーゼ様の言う通り、グレイスどのをさっさと解放するのだ!」
「りょ、了解いたした。ところで、一ついいだろうか……?」
「え……」
カシェの父親の申し訳なさそうな視線は俺のほうに注がれていた。
「こんな仕打ちをしておきながら、厚かましいお願いかもしれないが……娘の高熱と視力を、治せるものなら是非治してほしいのだ……」
「ああ、そういうことならもちろん協力させてもらうよ。銅貨1枚でな」
「おおっ! ありがたい……なんてありがたい……!」
ようやく娘と真剣に向き合う覚悟ができたようだな。彼がひざまずいて涙する様子を見て、俺はテリーゼたちと笑い合った。
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