第17話 支援術士、取り囲まれる


「「おおっ……」」


 翌日の早朝、カーテンを開けた俺とアルシュの上擦った声が被ってしまうほど、外はあの土砂降りが嘘のように晴れ渡っていた。


「雨女の汚名、返上したみたいだな、アルシュ」

「というか、雨女の私が粘ってたけど、とうとう晴れ男のグレイスに負けちゃった感じ……」

「あはは、雨も回復させる晴れ男か、悪くないな……さあ、【なんでも屋】の再開だ。行こう!」

「うん!」


 安ホテルを飛び出した俺たちが一目散に向かったのは、もちろん冒険者ギルド前の路上脇だ。今日はどれくらい稼げるのか、どんな客に出会えるのか、どれだけ手応えのある依頼に巡り合えるのか……雨で二日も休みを挟んだだけに、ワクワク感がどんどん膨らんで弾けそうになるくらいだった。


「――わぁ、見てグレイス、いるいるっ!」

「だなっ……!」


 見えてきたギルド前の路上脇には既に人だかりができていて、俺たちが来るのを今か今かと待っているのがわかった。あの様子じゃすぐ取り囲まれて揉みくちゃにされそうだし、まずはみんなの気持ちを落ち着かせて、それから並ばせないとな。


 俺はアルシュと笑い合い、息を弾ませつつ石畳のなだらかな坂道を駆け上っていく。


「「「「「いたぞっ!」」」」」

「「えっ……?」」


 ようやく到着したときだった。集まった客たちからどよめきと悲鳴が上がり、一体何が起きたんだと思って周囲を見渡すと、兵士たちが怒声を上げながら何人も駆けつけてきて、またたく間に俺とアルシュを取り囲んだ。


「【なんでも屋】のグレイスだな! お前を連行する!」

「ど、どういうことだ……?」

「な、なんなの……?」

「んなもん来ればわかる。さっさと来いっ!」

「そ、そんなっ、何かの間違いよ! やめて!」

「部外者は黙ってろ! それとも、お前もこの男の共犯者なのか!?」

「え、ええ……?」


 動揺した様子のアルシュと客たち。一体何が起きたのかはわからないが、おそらく何者かの罠に嵌められたんだろう。俺がターゲットなんだろうし、彼女たちまで巻き込むわけにはいかない。


「いや、彼女は無関係でただの顔見知りってだけだ。俺一人で行く」

「グ、グレイス!? 何言ってるのよ!」

「「「「「グレイス先生!?」」」」」

「大丈夫……みんな、俺は必ず帰ってくるから、待っていてくれ……」


 これで逃げたり抵抗したりすれば、罠に嵌めてきた敵の思うつぼだからな。


「よし、来いっ!」

「手を上げろ!」

「大人しく従うことだ!」

「抵抗すればただでは済まさんからな!?」

「わかった、わかったから、揃いに揃ってそんなに耳元で怒鳴らないでくれ……」


 俺は両手を上げると大人しくロープで縛り上げられ、兵士たちに連行される。まるで《罪人》のような扱い方だが、今は耐えるしかない。何も悪いことをしたつもりはないし、必ず誤解は晴れるはずだから……。




 ◇◇◇




「ククッ……」


 冒険者ギルド前の騒動を遠くから腕組みしながら観察し、ほくそ笑む【勇者】ガゼル。


(素晴らしい光景だぜ。どうだ、見たか。勝ち誇ってたところでいい気味だなあ、グレイス……)

「――ガゼルッ……!」

「お、ようやく来たか。待ってたぜぇ、俺だけの愛しのアルシュちゃん……」


 恨めしそうな顔で駆けつけてきたアルシュに対し、ガゼルが対照的に心地よさそうな顔と舌なめずりで返す。


「こんなところでニヤニヤしながら見つめてるなんて、どう考えてもあなたの仕業だよね? グレイスに一体何をしたの……!?」

「んー、さあなあ。ま、いずれわかると思うぜえ……?」

「ガゼル……!」

「へへっ、そう怒るなよ。ところで、グレイスのやつとはもうヤったのか?」

「は? そ……そんなの、あなたには関係ないでしょ……!」

「相変わらずわかりやすいやつだな。やつに相手にされなかったなら、俺がお前の初めてを貰ってやっても――」

「――バカッ!」


 鋭い音が響き渡り、アルシュはいずこへと走り去っていった。


「けっ……わからずやが」


 しかめっ面で赤くなった頬を撫でるガゼルだったが、すぐに余裕の表情に戻った。


(勝負は最後の最後までわからないんだよ、グレイス。今度こそ終わりだ。お前が亡くなったあと、この俺がアルシュをたっぷりと慰めてやる。お前がどんな惨めな姿で処刑されるか、今から楽しみだぜ……)

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