第16話 支援術士、店を休む


 あれから俺たちは近くにある安ホテルに泊まったわけだが、翌朝になっても雨が止む気配はまったくなかった。


「今日も大雨だな。土砂降りだ……」

「私、雨女なのかな……」

「んー、多分そうだろうな。泣き虫だし」

「もうっ!」


 アルシュが頬を膨らませてむっとした顔をしたが、全然悔しそうには見えないどころか、むしろ晴々としているようにさえ感じられた。どうやら俺に相談したことで心の病も治ったらしい。俺も、充実していたようで心の隙間みたいなものがずっとあったので、彼女が来てくれたことでようやく埋まった気分だ。


 これまでにあったことも話してくれて、俺が【なんでも屋】を始める前に辻支援をしてたとき、パンを恵んでくれた子もアルシュだったそうだ。呆れるくらい鈍感って言われたけど、まさにそうだな。


 それと、【勇者】ガゼルのことも聞かされた。俺を追い出したあとも相変わらず自己中心的な行動ばかりしていて、Sランクの依頼をこなす途中、アルシュが止めたにもかかわらず危険な森の奥へ進んだ結果、大量のモンスターに囲まれて【補助術士】のメルが殺され、命からがら逃げ帰ったものの【治癒術士】のシアに逃げられてしまったという。


 ガゼルは確かに強いがかなり向こう見ずなところがあるから、よほどの腕を持った【回復職】でなければサポートは務まらないだろう。思えばあいつが杜撰すぎたおかげで俺の回復術も鍛えられたようなものだからある意味感謝してるし、その話を聞くと俺さえいればと気の毒に感じるが追い出されたのだから仕方ない。


「【なんでも屋】、早く一緒にやりたいね!」

「ああ、そうだな。でもアルシュ、本当にいいのか?」

「え?」

「だって俺は稼ぎも少ないし、【魔術士】としてはなるべく依頼をこなしたいんじゃ? ダンジョンワールド、行ってみたいんだろ?」

「うーん……」


【なんでも屋】を始めた頃の俺は、いつかこの状態から成り上がって、高難度の依頼をこなすことでダンジョンワールドへつながればいいなんて夢見ていたが、今ではこの仕事にやり甲斐を感じていて満足してしまってるところはある。


 確かにダンジョンワールドの夢もあきらめたわけじゃないが、このまま【支援術士】として色んな人を助けられるならこれでもいいんじゃないかと思ってるんだ。けど、アルシュは違うはず。昔から俺たちの中では人一倍、謎に包まれたダンジョンワールドについて夢を語っていたわけだからな。


「銅貨1枚は安すぎだと思うけどポリシーならしょうがないし、グレイスと一緒じゃなきゃダンジョンワールドなんて行っても意味ないもん……」

「ア、アルシュ……」

「グレイス……」


 アルシュが目を瞑ったが、俺はどうしたらいいのかわからずあたふたしてしまった。


「相変わらず奥手だねぇ」

「う……」

「でも、色んなところを見ちゃう【なんでも屋】さんのグレイスらしいね!」

「ごめん……」

「いいのだよ、私はしばらく愛人ポジションでいるからっ」

「なんだよそれ……」

「うふふ……でも、私といるなら雨の日でもお店ができるように、これからしっかりお金を貯めないと!」

「あ、ああ、そうだな」

「ねぇ、銅貨1枚じゃなくてせめて銀貨1枚にしない?」

「いや、銅貨1枚は絶対だから」

「まったく! そういう融通が利かないところ、グレイスらしいけどね」

「あはは……」


 俺たちはそれからしばらく、他愛のない話をしながら窓に映る雨ざらしの街並みを見つめていたのだった。




 ◇◇◇




「どいつもこいつも、恩を忘れて俺を捨てやがる。畜生どもめが……うっぷ……」


 冒険者ギルドの一角、朝早くから酒を浴びるように飲む【勇者】ガゼル。


(……逆転、だ……。絶対にここから逆転してやる。俺はまだ終わってない。終わってなんかねえんだ……!)


 隈を添えた赤い目で宙を睨むガゼルだったが、まもなく焦点が定まらなくなるとテーブルに突っ伏して眠り始めた。


「――それが……でよぉ……」

「へぇ、そんなことが……」

「……ちっ」


 誰かの話し声が聞こえてきて目を覚ますガゼル。面白くなさそうに舌打ちしたあと、再び目を瞑った。


「噂のあいつか……」

「そうそう……」

「……」


 ガゼルはしばらくぼんやりと会話を聞いたのち、これ以上ないほどに目を見開いた。


(い、今の話……もし本当なら、これでグレイスの野郎にやり返せる。ハハッ、逆転できる……逆転できるぞ……!)

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