第15話 支援術士、雨に打たれる


「で、何を治したいのかな?」

「……私の、相談相手になってください」

「え……?」


 なんとも不思議な客だった。何かを治療するわけでもなく、相談に乗ってほしいなんて言ってきた人はこれが初めてだ。しかも、雨が弾む石畳の上でお互いにずぶぬれになりながらという異様さ。多分心の治療みたいなもんなのかな……。


「……」


 でも、なんでだろう。場所を変えようなんて言える空気じゃなかった。もうお互いにここまで濡れてしまったという事実もあるが、それ以上にここじゃなきゃダメなような、そんな気がした。


「好きな人がいるんです」

「……そ、そうなんだな。その人に思いを伝えきれずにいるとか?」

「はい、その通りです。さすがは色々な人と接する機会の多い【なんでも屋】さんですね」


 彼女の声はとても小さいが、雨の音に紛れてもちゃんと聞き取れるものだったし、何故かよく耳に馴染んだ。


「でも、その人はパーティーを追い出されちゃって……」

「そうか……。んで、居場所がわからないとか?」

「いえ、わかるんですけど、なんて声をかけたらいいのか、よくわからなくて……」

「君が追い出したわけじゃないんだろう?」

「そ、それはもちろんですっ! ……あ……」

「……」


 ん、今の声、どこかで聞いたことがあるような……。


「仲が悪くないなら、その人のところへ行ってあげたら?」

「でも、彼は今違うことをやってて、今更顔を見せて、パーティーから追放されたことを思い出させちゃったら迷惑がられるかなって……」

「んー、なるほどね。その人は今どんな仕事を……?」

「え、どうしてですか?」

「今の仕事が上手くいってるなら、全然構わないんじゃないかなって。心に余裕があるってことだから」

「そ、そうなんですねっ。その人の仕事は順調そのものです……」

「そっか。それなら大丈夫そうだね」

「はい……」

「「……」」


 不思議な沈黙が流れる。あれかな、まだ何か心配事があって、会いにいく勇気を持てないってところだろうか。


「でも、とっても忙しそうだし迷惑なんじゃないかなって……」

「ああ、それを心配してるのか。忙しいくらい仕事が順調なら、尚更嫌な顔なんてされないと思うけどな。俺の立場なら、わざわざ会いにきてくれたら嬉しいもんだよ。俺も、好きかどうかまではわからないけど、気になる子がいて……」


 あいつ、今頃元気にしてるかな。ガゼルにあいつのことを頼むとは言ったが、時々夢に出る程度には心配なんだ。


「気になる子……?」

「ああ。いつかその子が俺に会いにきてくれたらいいなってずっと思ってるから……」

「……どんな人、ですか?」

「……んーと……って、なんか俺の人生相談みたいになってるな」

「き、気のせいです。私も話したし、聞きたいです」

「そ、そんなもんか。まあ参考になるならいいのかな」

「はいっ」

「ちょうど君みたいに、優しい感じの子だよ。声も似てる。ただ、あの子はもうちょっと元気があって、ドジだけど芯があって……曲がったことは嫌いなタイプかな」

「……」


 ん、なんだ? 黙り込んじゃった上に項垂れてる。体が冷えてきて具合が悪くなったのかもな。


「この辺でやめとこうか――」

「――私の好きな人もあなたに似てます……」

「え?」

「とっても努力家で優しいけど呆れるくらい鈍感で、何かにすぐ没頭しちゃうタイプで……」

「……」

「視野が広くて、思い立ったらすぐ色んなことに手を出しちゃうから、いつの間にかいなくなっちゃう人で……ひっく……」

「……ア、アルシュなのか……?」

「……えぐっ……グレイス……」


 俺は確信した。今まで話していたのはアルシュだったんだ……。


「バカ……もっと早く気付いてよ……」

「……ど、鈍感でごめんな……会えて嬉しいよ、アルシュ。これ……」


 俺は急いでコートの中に手を入れると、一輪のベルフラワーを取り出した。


「これを私に……?」

「あ、ああ。いつか来てくれるかもしれないと思って。待ちくたびれたのかしおれちゃってるけど、すぐ回復できるから――」

「――そんなのいい! このままでいいから……」


 アルシュが俺の胸の中に飛び込んでくる。


「アルシュ……」

「しばらくこのままでいさせて、グレイス……」

「……ああ。おかえり……」

「……ただいま……」


 あんなに鬱陶しく感じていた冷たい雨が、不思議なことに今では自分たちを慰めているかのように生温かく思えるのだった……。

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