第10話 支援術士、事情を聴く


「見ない振りをしていた私も悪いのです。これからお話します……」


 テリーゼがそう宣言したことで、それまでどよめいていた客や野次馬たちが静まり返った。


 語るということは自分と真剣に向き合い、見たくないものも見るってことだから辛いだろうが、これも呪いを解除して盲目を治療するためだ。治す側だけでなく患者側も、本気で治したいという同じ認識を持つ必要がある。


「おそらく……わたくしを呪っている者は同じ《高級貴族》のカシェでしょう」

「え、ええ!? カシェ様? ま、まさかあの方が……そんな……」


《騎士》のジレードが目を見開き、信じられないといった顔を見せる。


「もしわたくしを呪うように依頼した者がいるとするなら、カシェ以外に考えられません」

「で、でも、カシェ様はテリーゼ様の幼少の頃からの幼馴染ですよね。しかも、普段から仲良しのはずなのに、そんな方が、何故!」

「……」


 色々見え始めてきたな。依頼主は周りからしてみたら呪いとは無縁そうな相手だったか。


「カシェが幼い頃から視力が悪いことはジレードも知っているでしょう」

「そ、それはもちろんですが、だからこそ心優しいテリーゼ様が特別に気遣いを見せ、思いやりをもって接してきた相手なのに……」

「カシェは視力がどんどん悪くなっていくことことに苛立ちを覚えていましたし、わたくしに愚痴をこぼすこともありました。いつか治ると思っていたのに、みんな普通にできることが自分にはできないから悔しいと」

「まさか、それで不満を募らせていたというのですか? でもテリーゼ様はそんなカシェ様をおもんばかっていたからこそ、率先してよく遊びに誘っておいでだったではありませんか……。これでは逆恨みでしょう!」

「いえ、わたくしはあの人に酷いことを言ってしまったかもしれないのです……」

「ひ、酷いこと、とは……?」


 テリーゼはそれ以上言うのをためらった様子でうつむいたが、すぐに強い表情で元に戻してみせた。


「わたくしが手となり足となり、あなたを支えてあげますって、そう言いました」

「そ、それのどこが酷いというのですか!? こんなのありえません!」

「……」


 ジレードはいかにも理不尽だといわんばかりに喚いてるが、俺にはなんとなくテリーゼの言ってることの意味がわかった。


「その幼馴染にとってみたら、お前は無能だって言われたように聞こえたかもしれないってことですよね?」


 俺の言葉に、テリーゼは少し間を置いてからうなずいた。


「はい、その通りだと思います。裏を返せば、あなたはわたくしがいなければ何もできない無能だと言われてるようなものですよね」

「……あ……」


 ジレードもようやく理解したようだ。相手を思いやったつもりで言った台詞でも実は酷く傷つけてる場合はあるし、その可能性はかなりあるように感じた。


「きっとそれ以外でも、わたくしはあの人に優しくしてるつもりで、自尊心を傷つけてしまったのでしょう。いつしか、わたくしはカシェから徐々に避けられるようになりました。表では《高級貴族》としての体面上、仲の良い素振りを見せるのですが、二人きりになると白い目を向けられていたのです。すべて、わたくしの不注意が生んだことです……」

「思うに、そのカシェって子もきっと辛かったんですよ」

「辛かった、ですか?」

「な、何が辛いというのだ!?」

「テリーゼ様のような親しい相手にさえそういう風に思ってしまうのは、それだけ追い詰められていて精神を病んでいたってことだと思います。きっと、呪うことでしか自分の痛みを知らしめる方法がなかったんじゃないかなと」

「……そう、なのですね……」


 カシェと過ごした日々に思いを馳せているのか、テリーゼが目を細めて遠くを見るような眼差しになった。ここにきて一番温和な表情を見たような気がする。


 仲がいいからこそ接点もそれだけあったわけで、気持ちのすれ違いがどんどん拗れていってこうなってしまったんだろう。


 テリーゼのためにも、彼女を呪ってほしいと依頼することになってしまったカシェのためにも……一刻も早く回復術によって治療しなければならない。二人の心の痛みを切除するのではなく、少しずつ和らげるようにして融和を図らなきゃいけない。


 俺は話を聞き終えたことで、【支援術士】としてだけでなく一人の人間としてその思いを一層強くしたのだった。

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