第9話 支援術士、決断する
「おい、どうした! ここまで《騎士》の自分と《高級貴族》のテリーゼ様を待たせておいて、今更治せないとは言わせんぞ!」
「ぐっ……」
ジレードに槍の矛先で顎を持ち上げられる。
「おやめなさい、ジレード」
「し、しかし、この男は――」
「――おやめなさい。もう次はありませんよ、ジレード?」
「う……も、申し訳……」
テリーゼの目が怪しく光る。俺でもぞっとするほどの迫力があった。ほんの一瞬の間に莫大な魔力を覗かせてきたし、やはり只者じゃないな……。
「わたくしが訊ねます。【なんでも屋】さん、あなたはわたくしの盲目を治せるのですか、それとも治せないのですか?」
「……」
もう迷ってるような猶予はない。どちらかに決めるべきだろう。
「……治してみせます。俺が、テリーゼ様の盲目を……」
「よいでしょう、続けなさい」
【なんでも屋】を自称する以上、やるしかない。挑戦しても逃げても厳しいなら、挑戦するだけだ。今は亡き親友のフレットがよく言っていた台詞で、あいつが死んだときから俺の中で否定していた言葉。でも、今なら挑戦することを選んだあいつの気持ちがよくわかるような気がする……。
「よーし、やれ、【なんでも屋】。もし失敗したら、わかっているな?」
「はい、わかっております……」
俺がジレードの威圧するような台詞にうなずくと、野次馬たちが一層どよめくのがわかる。
「お、おい、グレイス先生、やめとけって!」
「もし失敗したら殺されちまうぞ!」
「先生が死んだら嫌っ!」
「……みんな、大丈夫、大丈夫だから……」
安心させるべく、俺はほかの客たちに笑みを浮かべてみせた。もしここで死んだら、きっとみんなに酷く悲しい思いをさせてしまうだろう。死ぬことよりもそれが辛いから失敗するわけにはいかない。俺はまず深呼吸した。考えを整理せねば。
呪いには大雑把に分けて三種類ある。魔物がかける呪い、ダンジョンのトラップを踏むと発動する呪い、それに、術式による呪いだ。
この中でも最も厄介なのが術式による呪いであり、テリーゼはその中でも上位に次ぐ中位の呪いをかけられている。ジョブはほぼ間違いなく【呪術士】によるものだろう。
呪い自体はある程度学べば素人でも可能だが、余程才能がない限り呪いの対象には効き目がなく、僅かな胸痛や頭痛を感じさせる程度だという。失明させるほどの強力な呪いとなると、実行したのは【呪術士】以外に考えられない。確か、中位の呪術で対象の髪の毛とかそういった媒介するものが必要になり、一週間以上儀式を行う等、相手に影響をもたらせるために長い時間を費やすんだ。
こうした呪いを消すには、相殺という【回復職】では極めて高度な技術を使う。呪った人間の気持ちに寄り添い、浄化を促すという形をとる。ちなみに、アンデッドにもこの技法を使う。強い憎悪や闇に光で対抗するというわけだ。
もちろん100%成功するというわけではないので、ほかの【回復職】が匙を投げるのもわかる。《高級貴族》相手の治療に失敗すれば責任を取らされ、最悪の場合命を失うリスクもあるわけだからな。
しかも、治療を成功させる前提として【呪術士】に頼った依頼人の思惑を手繰り寄せないといけない。おそらく依頼人は普段からテリーゼとの接点を少なくしていて犯人が誰なのかわからないようにしているはずなんだ。
それでも、一応テリーゼに盲目の原因を教えて、呪われる心当たりがないか聞いてみようと思う。どうしても話したくないことかもしれないし、動揺させてしまうかもしれない。それは彼女の精神力を削るということであり、治療行為に悪影響が及ぶ可能性もあるが仕方ない。
「テリーゼ様、あなたは呪われています。盲目なのはそのせいです」
「……」
意を決して伝えたが、少女テリーゼはなんら表情を変えなかった。
「ぶ、無礼なっ! テリーゼ様が呪いをかけられているだと……? 貴様っ、下民どもの噂を信じるというのか!?」
「ジレード、黙りなさい」
「し、しかし、お優しいテリーゼ様が呪われるはずなど――」
「――それだけは信じたくはなかったのですが……これだけ色んな方から治療を断られてきましたし、評判の【なんでも屋】さんまでそう仰っているのですから、きっとそうなのでしょう……」
「え、えぇ……?」
「……」
よし、認めてくれた。これはいける。俺はそう確信していた。これでテリーゼが認めなければ詰んでいたかもしれなかった。彼女が呪われている理由を推測で判断するしかなくなるわけだから、治療に失敗する確率もそれだけ上がるのだ。
「テリーゼ様、恨まれる心当たりは?」
「それは……」
「おい、貴様! テリーゼ様をどこまで困らせるつもりなのだ!?」
「いえ、ジレード、よいのです」
「し、しかし……」
「見ない振りをしていたわたくしも悪いのです。これからお話します……」
テリーゼは少しためらいがちに、ゆっくりとした口調で語り始めた。
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