第11話 支援術士、包まれる
極めて高度な回復術の一つ、相殺をやるにあたり、まずやらなければいけないことがある。それは呪いに寄り添うことだ。俺はテリーゼの身になって回復術を行使することにした。
成功率は半々といったところか。もし失敗すれば、盲目の呪いが回復術に対する免疫を持ってしまい二度と解けなくなる。
「テリーゼ様、なるべく目を瞑らないようにお願いします。それと、どうか心を平静に保ってください」
「はい」
俺は以前と同じようにテリーゼの目の深部に回復術を流し込む。呪いという高い壁の根底にあるものは許せないという感情だ。だから相反する許そうとする感情とともに回復術を少しずつ流し込んでいく。すると、反発されたもののその力が弱まっているのがわかった。
よし、少しずつ馴染んでいってる。今のところ順調だが、ここからが本番だ。呪いの根というものは深いので、奥まで届くにはもっと具体的な感情が必要になる。俺はカシェとテリーゼの感情を推察し、自分の気持ちを乗せた。
カシェ……テリーゼはあなたが無能と言いたかったわけじゃない。あなたがテリーゼにとって必要だったから、支えてあげたかったからああいうことを言った。大丈夫、安心してほしい、テリーゼは怒ってない。疑心暗鬼になってしまったあなた自身を、意図的でなくても傷つけてしまったテリーゼをどうか許してほしい……。
そういった前向きな感情で負の感情を消しながらそこになぞるように回復術を慎重に行使していく。そうしないと中々浸透していかないからだ。
「……」
あまりにも気の長い作業に汗が額から滴り落ち、意識が朦朧としていく。少しでも癒しの感情を添えることを忘れてしまうと、たちまち回復術は跳ね返され、呪いの浸食を許してしまう。ここまで深いのか、怨恨の根というものは……。
本当に大変な作業だが、やり甲斐も感じるのは確かだ。苦境をも楽園に変える力が、今の俺にはある。だから、いける。どんなに困難な病であっても治療することができるはずだ……。
どれくらいの時間が流れただろうか。テリーゼもずっとまばたきすらせずに目を開けてくれている。彼女もまた、自分を呪ってきた幼馴染のカシェを、誤解を生む発言をしてしまった自分を許そうという気持ちを持ってくれているのがわかる。
野次馬たちの視線もそうだ。前向きな眼差しというものをずっと注いでくれている。治してくれる、きっと助かる。そうした周りからの援護も手伝ってか、高難度の相殺術が無事成功し、ほどなくしてあれだけしつこかった呪いの根は枯れていった。
「――うっ……!?」
テリーゼが両手で目元を押さえる。
「テ、テリーゼ様!? おい【なんでも屋】! 貴様、一体何をした!」
どよめきとともにジレードの怒声が響き渡るが、俺は笑みを浮かべてみせた。
「き、貴様っ、何を笑っている!?」
「テリーゼ様はもう大丈夫です」
「な、何……?」
「光が目に染みて痛むのは、それだけ盲目が治りかけてる証拠だからです」
「……み、見えます……」
「テ、テリーゼ様……?」
まもなくテリーゼは覆っていた両手を外し、涙を流しながら信じられないといった顔で周囲を見ていた。
「ジレード……【なんでも屋】さんの言う通りでした。本当に……本当に盲目が治ったのです……!」
「な、なんと……」
「「「「「わああぁぁっ!」」」」」
俺が大きな歓声と充実感に包まれるのは時間の問題だった。
◇◇◇
「バ、バカな、呪いを治した、だと……?」
冒険者ギルド前のお祭り騒ぎを、呆然と見つめる【勇者】ガゼル。
「ほら、ガゼル、だから言ったでしょ。神頼みなんていらないんだよ。グレイスはそれだけ努力してきたもの。努力は絶対に裏切らないんだから……」
手で何度も涙を拭うアルシュ。
「ち、畜生、そんなはずはねえ。グレイスなんかに……回復することしか能がねえ【支援術士】なんかに【勇者】の俺が負けるはずがねえんだ……!」
ガゼルが食い縛った歯を軋ませる。
「ガゼル……よく聞いて。あの人は、勝ちとか負けとか、そういう次元にいるような人じゃないの。グレイスは何かに勝つためじゃなく、ただあの人を治すために頑張ったんだよ。それがどうしてわからないの? あの人の努力を、どうして素直に認めてやれないのよ……!」
「ぐっ……畜生……ちくしょおぉぉぉっ!」
(認めねえ……認めるものかよ。ほかのやつらがどれだけグレイスを認めようと、俺だけは認めねえ。絶対にやつを認めねえってんだよ……!)
地団太を踏むガゼルの目は、その顔色に比例するかのように真っ赤に充血していた……。
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