第6話 支援術士、謙遜する
「お、おい、あいつ植物を治療するらしいぞ!」
「正気かよ」
「あの花か?」
「てか、もう枯れかかってるしどうあがこうが無理だろ!」
「……」
人が周りに集まってくる中、同時に緊張感も高まってくるが俺は深呼吸で気を紛らわし、しおれたベルフラワーに集中する。
植物を治療するとき、最も大事になるのが眼差しだという。見ているという感覚が、花にとって見られているという感覚に繋がり、大きな刺激になるそうだとか。これは、人間同士の治したいという感情を利用する治療法、または動物の痛みに直接触れる治癒行為に共通するものだ。
まばたきすることさえもう許されない。俺は意を決し、花に対する眼差しに少しずつ乗せるように、治癒と補助の魔法を同時にバランスよく注いでいく。
治癒が水なら補助は光だ。【支援術士】の醍醐味は、全体を俯瞰しながらミスが起きそうな脆弱なところを事前に見つけてカバーしていくこと。植物に注がれていく支援魔法は、バランスがしっかりとれているからこそ些細な傷さえも見逃さずに治療していく。
まずは根、それから茎、葉、花弁……至るところに俺の回復術の範囲を伸ばしていく。焦らず常に一定に、ほんの僅かずつ縫うように浸透させていく……。
「「「「「……」」」」」
あれだけ賑わっていた野次馬たちも、俺の回復術に流されたのか静まり返っているのがわかる。花を持ってきた青年を含めて、それだけ集中しているんだ。これだけの眼差しを味方につけたなら、きっといける、大丈夫だ。こうした前向きな感情も植物を助ける肥料になる。
「――あ……」
それからまもなく、あれだけ酷く落ち込んでいた花々が総立ちになっているのがわかった。ベルフラワーが見事に生き返っていたのだ。
「「「「「おおおおおっ!」」」」」
どよめきとともに、俺は青年から両手を握られていた。
「ありがとうございます! 凄いものを見せてもらいました。あなたは神様です!」
「よ、よかった……」
ベルフラワーたちが陽射しを浴びて、青年と一緒にお礼を言うかのようにキラキラと輝いてるのがわかる。ずっと曇り空だったのにいつの間にか晴れ間が覗いてたんだな。
「植物を治療しやがった!」
「綺麗……こんなの初めて見たわっ!」
「本当にすげーぜ!」
周りも異様に盛り上がっていて、俺は確かな手応えを掴んだ気になる一方、こんなときこそ謙虚になるべきだとも感じていた。自分の実力を過信して浮かれていたらそこで成長が止まってしまうからだ。どこかの書物にもこう載っていた。初心忘るべからずと。
「自分の力なんて微小なもので、偶然というか運も味方してくれたんだと思う。あと、みなさんの力もあったからこそ、花はこうしてまた咲くことができたんじゃないかな」
「なんて謙虚な人なんだ!」
「ホント!」
「あんた最高だぜ!」
「……」
これならどんどん客が増える……なんて思うのは危険だから、明日からまたゼロから出直すつもりで頑張るとしよう。
◇◇◇
『『『『『ガオオォォォォッ!』』』』』
「くっ……!」
森の奥、ゴールデンベアの群れに四方を囲まれたことで【勇者】ガゼルが顔をしかめる。
「ほら、だから言ったじゃない!」
「う、うるせえ、アルシュ! これくらいの数、グレイスがいたときだって乗り切れただろ!」
「グレイスはもういないでしょ!?」
「黙れっ! グレイスなんかいないほうがずっとやれる! 見てろ……あんなの俺が一瞬で片付けてやるぜえぇぇっ!」
高らかに叫び、モンスターに斬りかかっていくガゼル。その勢いは相手の気勢を殺ぐほどに凄まじく、【勇者】としてのジョブに恥じない動きでどんどん死骸を量産していく。
「ガゼル様、凄いですー!」
「ガゼル様、頑張ってなのー!」
「ガゼル! あなたの力は認めるけど、この数相手に一人だけじゃ無茶よ! シア、メル、私にも支援を!」
「えー、ガゼル様だけでも充分のように見えますがー?」
「メルもそう思うのー」
「あ、あなたたち……!」
「構わねえっ! シアとメルの言う通り俺一人だけでいけるからアルシュもそこで見てろ!」
「もうっ……!」
黄色い歓声が飛ぶ中、ガゼルがゴールデンベアを次々と葬り去っていくが、しばらくしてその動きは傍から見てもわかるほど明らかに悪くなり始めていた。
「いけない……支援が切れかけてる! メル、早くガゼルに補助魔法を!」
「えー、まだ完全には切れてないし、かけるにはある程度近付かなきゃいけないから怖いのー」
「あ、あなた、それでも【補助術士】なの――」
「――ぐっ!」
「ガ、ガゼル!?」
それまでモンスターを確実に一撃で仕留めていたガゼルだったが、支援が完全に途切れたことで威力が落ちたのか生き残ったものがおり、反撃を受ける寸前でガードしたものの大きく弾き飛ばされ、樹に激突してしまった。
「「ガゼル様!?」」
「ちょっと、何してるの、シア、治癒をっ!」
「あ、あ、は、はいですぅ……!」
おろおろとした足取りでなんとかガゼルに近寄り、治癒をかけるシア。
「メル! どうしてシアのスピードを上げてやらないの!?」
「だ、だって、忘れてたもん……!」
『『『『『ガオオオォォォォッ!』』』』』
「「「はっ……!?」」」
勇者パーティーの足並みが乱れたことで、ここぞとばかり攻勢をかけてくるゴールデンベアたち。
「ガゼルっ!」
動揺した様子のメルの支援を待たず、火の魔法を行使するアルシュ。それによりガゼルに襲い掛かろうとしていた熊がバランスを崩し、彼はなんとか凶器の爪から逃れつつ切り伏せることに成功した。
「た、助かるぜ、アルシュ――って、メル!?」
「い、いやああぁぁっ!」
その場に立ち尽くしていたメルに複数のゴールデンベアが突進していく。
「メル!」
火の魔法を立て続けに放つアルシュだったが、支援もなく連続でやった分威力も落ちており、獲物を前にして興奮した様子の熊を怯ませることすらできなかった。
「もうここはダメだ! 逃げるぞ、シア、アルシュ!」
「で、でもメルさんがぁ!」
「だ、ダメ、助けなきゃ!」
「もうあいつを助けるのは無理だ!」
「いやあああぁぁっ! お願いっ! 助けてえぇぇぇぇっ!」
メルの悲痛の叫びも虚しく、ガゼルがシアとアルシュを引っ張るようにして走り始める。
「「「――はぁ、はぁ……」」」
しばらくして森を抜けることに成功したガゼルたちだったが、その顔には疲労、沈痛、後悔の色が強く滲んでいた。
「メ、メルは可哀想だったが、仕方な――ぐっ!?」
アルシュに頬をぶたれ、驚いた顔を見せるガゼル。
「仕方ない……? 元はといえば、あなたが無理をしたからじゃない……。ガゼルがメルを殺したようなものでしょ!?」
「くぅ……アルシュ、お前……!」
手を振り上げるガゼルだったが、アルシュはまったく怯む様子を見せなかった。
「ぶってよ。今すぐぶってよ! そしたら、あなたのことをもっと嫌いになれるから……!」
「ぐ、ぐぐっ……ち、畜生……ちくしょおおおぉぉっ……!」
雄叫びを上げながら地面を殴り始めるガゼル。
「こんなのただの偶然だあっ! 運が悪かっただけだ! 俺の力はこんなもんじゃない! グレイスなんかいなくても俺はやれる! やれるんだあぁぁっ!」
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