第7話 支援術士、軌道に乗る


「グレイスさん、今日も頼みますよ!」

「あんたの回復術が一番肩こりに効くんだ!」

「あたいの腰痛にもね!」

「わ、わかった。わかったからほら、並んで並んで……!」


 あの日以降、俺が睨んだ通り【なんでも屋】は軌道に乗り、今となっては客が押し寄せて行列ができるほど繁盛していた。銅貨1枚っていうのを徹底してるのもあるからだろうな。この調子なら回復力の上がる質の良い杖が近いうちに購入できそうだ。


「お大事に」

「どうも、グレイス大先生!」

「……」


 グレイス大先生、か。嬉しいことは嬉しいんだが、何か物足りない。最近来る客は、ただの傷の回復とか疲労回復とかそういう簡単なものが多いんだ。


 超オールラウンダーの【なんでも屋】としては、もっと広範囲の特殊な病や重い損傷等、とにかく治すことが難しいものを治療してみたいという気持ちが強い。まあ一種の贅沢病だろうし気にすることはないか。何よりそういう回復するのに大変な客がいないってことは平和な状況なわけで、それが一番だからな。


「――おい、どけ!」

「ん?」


 行列の中盤のほうから鋭い女の声が聞こえてきたと思ったら、あれは……。


 車椅子に乗った女の子と、その付き添いらしき少女の姿がそこにはあった。前者はドレスを着たツーサイドテールのお嬢様然とした人物で、後者は槍を持ったセミロングヘアの騎士然とした人物であり、どちらも今までの客とは明らかに違う感じだ。


 おそらくあの車椅子の子、足腰が弱いだけで歩けないわけじゃなく盲目なんだろうな。あまり視線を動かさず、耳を傾けるようにして体全体で景色を感じようとしてるのがわかる。


「どけと言ってるだろう!」

「おめー、偉そうだな。ちゃんと並べよ!」

「貴様、死にたいのか!? 私は《騎士》であり、この方は《高級貴族》であるぞ!」

「……」


 なるほど、女騎士が《階位》を振りかざして行列に割り込もうとしてるのか。これは見過ごせないな。


「そこ、ちゃんと並んでもらえないかな?」

「何? 貴様、何者だ!」

「【なんでも屋】だけど」

「おお、それならば、金は弾むから真っ先に診てもらいたい! 何故なら、自分たちは――」

「――いや、《騎士》とか《高級貴族》とか関係ないから、うちは。ちゃんと並んでもらうよ」

「なっ……!? 貴様、無礼な……!」

「よいのです、ジレード。並びましょう」

「し、しかし、テリーゼ様……」

「この方の言う通りですわ。客は客ですもの」

「くっ……で、では……」

「……」


 このテリーゼという車椅子の子、渋々引き下がった女騎士よりもずっと若く見えるのに見上げた人だ。俺のような《庶民》が《高級貴族》に逆らったら、殺されても文句は言えないくらい立場が違うんだ。


 なんせ《高級貴族》は【勇者】よりもずっと格上だからな。《階位》には《伝説》《王族》《英雄》《高級貴族》《貴族》《騎士》《庶民》《奴隷》《罪人》と9種類あり、ジョブとはまた別の概念だ。


 たとえばガゼルは【勇者】であり《貴族》よりは下だが、希少価値のある【勇者】の時点で《階位》が《庶民》から《騎士》に格上げされるため、《騎士》と同格になる。俺の場合なんの変哲もない【支援術士】なため、《庶民》のままというわけだ。


《階位》は産まれた場所が大きく影響するため、【ジョブ】よりも不公平感は強いといえるが、活躍が認められたら格上げされることもある。ただ、S級冒険者になっても俺は《庶民》のままなのでかなり難易度は高いが、格上げされると商品が安く買えたり多少悪いことしても許されたり、普段は入れない場所に入れるようになったりと、そのほかにも色々とメリットが生まれることでも知られる。


 それにしても、これだけ格のある人が来るということは凄いことで、それだけ評判になってるってことだろうな。盲目くらいなら、簡単ではないが治せないものじゃないのでそこまで心配はいらないはずだ。




 ◇◇◇




(グレイス、順調そうだね。よかった……)


 冒険者ギルド前に展開されている【なんでも屋】の様子を、いつものようにこっそりと建物の陰から覗いていた【魔術士】のアルシュ。その表情には安堵の色が広がっていた。


「――よう、やっぱりここにいたか」

「え……!?」


 アルシュが驚いた顔で振り返ると、そこにはしたり顔の【勇者】ガゼルの姿があった。


「ど、どうしてここが……」

「知らねえとでも思ったか? 幼馴染のお前が行きそうなところなんてお見通しなんだよ」

「やめてよ……。私が勝手に覗いてるだけで、グレイスにはなんの罪もないんだから……」

「へへっ、わかってるって。あいつ、【なんでも屋】をやってるんだってな?」

「見ればわかるでしょ」

「あー、つめてえなあ」


 アルシュに冷たくあしらわれても、ガゼルの表情は余裕に満ちていた。


「ガゼル、一体何を考えてるの……?」

「そう警戒すんなって……お、あそこにいるのは、そこそこ有名な《高級貴族》のテリーゼちゃんだな」

「え、なんでわかるの?」

「俺ってさあ、腐っても【勇者】だろ? そういう格って興味あるし詳しく調べてるから知ってるんだよ」

「どうせ美人の女の子限定でしょ」

「まあ、そうだが嫉妬か?」

「バカ言わないで……って、何するのよ!」


 ガゼルがアルシュの腕を引っ張って自分のほうへと手繰り寄せる。


「まあ聞けって。もし《庶民》のグレイスが《高級貴族》のテリーゼちゃんを治せなかったらどうなると思う?」

「グレイスなら治せるよ」

「さあ、どうかなあ? やつは治せないと思うぜ。絶対になあ……」

「え……?」


 アルシュが黙り込むほどに、ガゼルの顔にはいかにも邪悪そうな笑みが浮かんでいた……。

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