第5話 支援術士、好機だと思う
「こ、これは……」
長い髪の青年が大事そうに両手に抱えていたもの、それは花を植えた植木鉢で、太い根や青々とした葉とは対照的に、先端についた真っ白なベル状の花が酷くしおれてしまっていた。
「これはベルフラワーの一種か」
「おお、知ってるんですか」
「ああ、ちょっと調べたことがあってね。これはその中でも色素が限りなくゼロに近い、透き通るような白色の珍しい種類だな」
「まったくその通りです」
俺がどうして花の品種について知ってるのかというと、【支援術士】として研鑽を重ねていたときにとある書物に植物治癒法みたいなものが書かれていて興味を持ったからだ。こんなものまで回復できるのか、と。その際にはアルシュも一緒にいて、彼女の好きな花について、特にベルフラワーに関して詳しく聞かされたんだったな。
「じゃあ、是非回復をお願いします! 寿命なら仕方ないと思うんですけど、苦労して育てて、咲いたばかりなのに……。水はたっぷりやったので、多分日照時間が影響してるのかと……」
「なるほど……」
ここ最近、俺の気持ちに比例するかのように曇り空が続いてたから、それでこんな状態になってしまったんだろう。植物を治すには知識だけではダメで、経験も重要だという。根本から葉脈まで回復力を公平に行き渡らせなければならず、少なすぎてもダメ、多すぎてもダメで、かなりの繊細さ、集中力がいるそうだ。
「……ダメですか?」
「うーん……」
ぬか喜びはさせたくないし、簡単にできるとは言えない。どうしようか。しばらくして、俺たちに興味を持ったのかなんだなんだと見学する人も出てきた。これを治すのは相当難易度が高いと思うが、逆に考えればチャンスでもあるはずなんだ。よし……俺は覚悟を決めた。
「やってみよう」
「おおっ……!」
「……」
俺は親友の形見の杖を握りしめた。誰でもできることをやってもしょうがない。【なんでも屋】の【回復職】として成功するには、たとえその対象が植物であってもなんとしても治療してみせるしかない……。
◇◇◇
「クソッ、なんなんだよ、どこにもいやがらねえ……」
苛立った顔で周囲の木々を見回す【勇者】ガゼル。目当てのS級モンスター、ゴールデンベアが中々現れないという状況が続いていた。
「きっと、ガゼル様のことが恐ろしくて隠れちゃったですよー」
「メルもそう思うのー」
「ちっ、まあシアとメルの言う通りだろうな。強すぎるのも考えもんだぜ。ちと危険だが奥へ行くか」
「待って、それだけはダメ、ガゼル!」
アルシュが血相を変えてガゼルに詰め寄る。
「はあ? なんでダメなんだよ、アルシュ。あ、俺のこと心配してくれるのか?」
「あなただけの問題じゃないから!」
「素直じゃねえなあ」
「いいからよく聞いて! グレイスも言ってた。ゴールデンベアは探しても中々見当たらないときがあって、それは普段群れない熊にも社会性があって、森の奥で集会のようなことをやってるからだって。だから、それが終わるまでは危険だから森の奥に近付いたらダメだって……」
アルシュがグレイスの名前を口にした途端、ガゼルがいかにも不快そうに口元を引き攣らせる。
「はあ……口を開けばグレイスグレイスって、やつはもういないだろ!」
「いなくなったからって、あの人の残した言葉が消えるわけじゃない……!」
「じゃあ、臆病者のグレイスの言葉を今から俺が消してやる! 熊の集会? んなもん【勇者】の俺がぶっ潰してやるぜ!」
「ガゼル様、素敵ですー!」
「ガゼル様、格好いいのー!」
「……もう、どうなっても知らないから……あっ……!」
躓いて転ぶアルシュにシアとメルから笑い声が上がる。
「あなたのほうこそ気を付けたらどうですかー?」
「メルもそう思うのー」
「「ププッ……」」
「……」
顔を赤くして立ち上がろうとするアルシュに、ガゼルが手を差し伸べる。
「相変わらずドジだな、アルシュは」
「……じ、自分で立てるよ」
よろめきつつ立ち上がるアルシュの手をガゼルが掴む。
「な、何するの!?」
「まあ、ちょっと聞けって……」
小さな手を手繰り寄せ、薄ら笑いを浮かべつつ耳打ちするガゼル。
「もしグレイスのやつが泣きついてきたら、パーティーに入れてやってもいいぜ。条件付きでな」
「えっ……じょ、条件って……?」
「わかるだろ。俺と契りを交わせってことだ」
「……っ!? バ、バカじゃないの? それに、グレイスが泣きついてくるわけないっ!」
はっとした顔をしたのち、ガゼルの手を払いのけるアルシュ。
(……へっ。本当に強情な女だが、だからこそ攻略し甲斐がある。それにしても、アルシュの驚いたような顔……グレイスの野郎さえ戻ってくれば、俺にもチャンスはありそうだな……)
アルシュを見つめるガゼルの眼差しは鋭さを増すばかりだった……。
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