第37話 戦場の天秤
「魔王の……娘?」
「そう。そして貴様は聖王の息子。そうだな?」
闇の王女を名乗る魔族は俺の鎧に刻まれた紋様を興味深そうに眺めている。
「……そうだとしたら?」
「言っただろう? 話をしようじゃないか。このような機会、互いに貴重だとは思わんか?」
(魔族が人間と会話? 罠……いや、どちらでもいいか)
「分かった。なら降りてきてくれないかな」
「
魔族は何やら嬉しそうな顔を浮かべて、空中から降りてくる。その顔にちょっぴり罪悪感を覚えるが、会話をしようがしまいが斬ることになる相手に情を抱くべきではないと自分を納得させた。
「それで話って一体どんな?」
「別に何でもいいぞ。そうだな、私は名乗ったのだから貴様も名乗ってもらおうか」
「そうだね。俺の名前は……」
俺が本当に会話に応じると思ったのか、魔族は驚くほどリラックスした様子だ。
(いける)
俺は相手の油断をついて一気に間合いを詰めた。
「
そうして振り下ろす全力の一撃。自分の血に宿る力を込めたそれはあらゆる物を切断するーーはずだった。
「ぐっ!?」
「なっ!?」
黒いオーラを纏った鎖が俺の剣を受け止めた。不意を打たれた魔族も攻撃を止められた俺も互いに驚愕に動きを止められ、刹那の間見つめ合う。そしてーー
「うおおおおおお!!」
剣にありったけの力を注ぎ込んで、俺は闇纏う鎖を断ち切った。
飛び散る鮮血。鎖骨の辺りから腰に掛けて女魔族の体に浅くない傷が走った。
「はっ、見かけによらず容赦がーー」
「シッ! フッ!」
鮮血を撒き散らしながら、それでも尚お喋りを続けようとする魔族。俺はその隙を突いて更に二撃、三撃とお見舞いする。
「くっ。速い……な」
頬に傷を負い、不用意に出した左手の指が二本飛ぶ。それでも魔族はおかしそうに笑っている。
(何だ? この余裕?)
理解できない女魔族の態度を不気味に思いながらも、俺はせっかく掴んだ流れを手放さないよう攻撃を続けた。
(いける。このまま一気に首を跳ねる)
目の前の魔族と俺の実力は恐らくほぼ互角。だからこそ、最初に流れを掴んだ俺が圧倒的優位に立っていた。
(この至近距離なら大技を繰り出す為の間は与えない。多少の傷は覚悟で一気に片付ける)
力によって強化された俺の剣は音を置き去りにして、確実に魔族の首へと迫っていた。
「ふむ。せっかくの出会いだ。そんなすぐに終わらされるのは悲しいな」
この後に及んで無駄口を叩く魔族。当然それは呼吸に反映され、反映されたそれは僅かに相手の動きを鈍くする。
(ここだ)
決定的な勝機。俺は必殺の意思を剣に込めた。
自らを両断する刃を前に、女魔族は妖しく囁いた。
「現れ出でよ、冥府へ繋ぐ者よ」
「ぐっ!?」
その声に肌が粟立つ。俺は咄嗟に攻撃を止めると、その場から大きく飛び退いた。するとダンジョンの床や天井から生えた巨大な幾つもの鎖が、先ほどまで俺がいた場所を蹂躙した。
「何やら勝負を急いでいたようだが、忘れたのか? ここは私のテリトリーだ。大技を使うための
魔族は生き物のように蠢く鎖の一つに腰かけると、足を組み、女王の威厳を持って俺を見下ろした。
(く、せっかくの勝機が。いや、まだいけるか?)
確かに予めダンジョンに仕掛けてあった魔術は強力だが、魔族自体にはまだ油断がある。攻撃を上手く潜り抜けることができれば早期での決着も不可能ではないように思えた。
「やれやれ。せっかちな男だ。勝負は始まる前に終わっているということを、お前達、教えてやれ」
膨れ上がる殺気。今までどうやって隠れていたのかというほどのそれが、突然周囲に現れた。
「我が主の敵よ、串刺しになれ」
槍を投擲してくるのは黒い羽を生やした女魔族。目を見張る速度のそれに俺は慌てて力を行使した。
「光よ阻め!」
衝撃。こんな手応えは師匠達との修行以外に経験がなかった。
(止まらない?)
槍は信じられないことに俺の作った光の障壁に針路こそ変えられてはいるが、それでも直進し続けた。
「砕け散れ小童」
三メートルはあろうかという巨体。それに相応しい鍛え抜かれた肉体が槍に気を取られていた俺に向かって拳を振るう。
「ぐっ、そ!」
咄嗟に腕で受けたが踏ん張れずに吹き飛ばされる。聖王の鎧に亀裂が走り、衝撃に腕の感覚が一時的に消えた。
「闇に沈みなさい」
何とか体勢を整えた俺の足元が底無し沼へと早変わる。さらにそこから溢れてきた亡者供が俺の全身に攻撃を仕掛けてきた。
「ぐっ、舐めるな!」
俺は力を全身に纏うと、その輝きを持って闇の沼と亡者供を消し去った。
ズキリ、と全身に走る激痛。
(まずい。力を使いすぎた)
ドラゴン討伐から現在に至るまで、短期間に連続して力を使用した代償がやってきた。痛みが走るようになってから限界までの時間は経験上そんなに長くはない。
「あの攻撃を受けて生きているのは流石だが、それ以前に何やらお疲れのようだな。それが勝負を急いでいた理由か」
こちらの事情を見透かしたように闇の王女が笑う。俺はもう隠れている奴はいないかと周囲を注意深く観察した。
(……全部で三魔か。どれも尋常じゃないな)
力の質で言うならば、俺や闇の王女の方が上だろう。だが鍛え抜かれた技量をもって神に与えられた力に迫らんとする突出したその能力。名乗らずとも相手が誰なのか理解できてしまった。
「これが魔王軍最強幹部、魔将……か」
どうりで闇の王女を名乗る魔族が出てきてからずっと油断してるわけだ。
「ダネア様、お怪我は」
黒い翼を持つ魔族が闇の王女へと跪いた。
「案ずるな。どの傷も命には届いていない。それよりも奴だが……」
「はい。あとは我々にお任せください。適切に処理します」
師匠達と同格の三体の魔族から同時に殺気を向けられる。
(死ぬ? 俺はここで死ぬのか?)
その可能性を始めて意識した。
(クソ、せっかく二人に正体を開かせたのに、こんなところで……)
打開策はないだろうかと頭をひねるが、妙案は思いつかなかった。俺に切り飛ばされた指をくっつけながら、闇の王女が実に魔族らしい笑みを浮かべた。
「いや、あれは気に入ったので持ち帰ることにする。うまいこと四肢をもげ」
「お言葉ですが、奴が聖王の息子であるならば確実に殺しておくべきです」
「そう言うな。私と同格の人間など初めて見る。もっと話してみたい」
「他の人間ならまだしも、聖王の息子とあっては皆が納得しないかと」
「む? そうか? そうだな。それなら……奴を私の婚約者にしよう」
「は?」
と、黒い羽の魔族が間抜けな声を出さなければ俺が声を上げるところだった。
(変な魔族だと思っていたが、ここまで頭がおかしいとはな)
だが勝機がない以上、今は黙って成り行きを見ているしかなかった。
「お言葉ですが、それは無理かと」
「いや、できる。考えてみろ。奴らの血には我ら王家のものと同じく神の血が流れているという。それなら二つの異なる神の血を引く者の間にできた子は一体どれほどの力を持つのか、興味が沸かないか? そしてそれを我等の側につけることができたならば……どうだ?」
闇の王女は自信たっぷりに部下へと問いかける。実際反論の気配はなかった。
「お前達、どうやらちゃんと納得したようだな。では、奴の四肢をもげ。ちゃんと封じておかないと流石にまずいだろうからな」
その無情なる命令に少し弛緩していた戦場の空気に闘争の気配が戻る。
(ここまでか?)
残された道は限界を超えて力を引き出し、命と引き換えに聖王国の敵を一魔でも多く討ち取ることだろう。
(ティナ、サーラ。上手く逃げてよ)
俺は剣の切っ先を闇の王女へと向けた。
「聖王国に仇為す者に死を」
「ほう、勝てないと分かってて挑むか」
俺の
ドォオオオオオオン!!
上の階でダンジョン全体を揺らすような爆発が起こった。
(この力は……姉さん? でも何を?)
気配から察するに床ではなく天井を打ち抜いたような感じだったが、いったい何があったのだろう? 気になったのは魔族も同じようで、それぞれが天井を見上げている。
「貴様の仲間か。中々優秀そうな力の持ち主ではあるが、一体何をーー」
その答えはすぐに現れた。天上に俺達に匹敵する力が出現したのだ。
「ダネア様。これは……」
「これは……。なるほど、これがーー」
姉さんの開けた穴を通って三つの力がやって来る。いまだにダンジョンの壁に隔たれて姿こそ見えないが、ここにいる強力無比な魔族に負けず劣らないその圧倒的な力の波動を、俺が間違えるわけがなかった。
彼らはここに通じるまでの全ての障害物を一撃の元に破壊する。
「お待たせ、弟子」
「坊主、くたばってないよな?」
「少し出遅れたが、儂等も参戦じゃ」
天を砕いて現れた乱入者。俺が魔将を理解したように、闇の王女もまた彼等が誰なのかを理解する。
「ほう、これが聖王国最強の刃、聖号者か」
戦場の天秤が再び釣り合った。それを理解した俺達はーー
「我が血で滅べ、悪しき者」
「我が血に呑まれろ、全ての輝きよ」
この
「
「
そして光と闇が戦場を支配した。
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