第38話 二つの太陽
「死ぬ死ぬ死ぬ。これ、マジで死ぬって!」
「凄い、これがアロスさんの本当の力」
意識のないサラステア王女を肩に担いだティアとその横を並走するサーラは、頭上で起こっている超常者達の戦いに畏怖しつつも、ダンジョンの闇の中を疾走する。
「どうする? たとえ階段を見つけてもこの調子だと上に行くのはまずいんじゃない?」
「そうですね。ここにとどまるにせよ、進むにせよ、アロスさんがつけてくれたこの子が頼りです」
二人は自分達にくっついて来る六つの翼を生やした精霊を見た。
「ティナ、サーラ、守る」
光の精霊は嬉しそうに二人の周りを飛び回る。
「ありがと。ところでさ、あんた空間移動とかできない? ほら、サラステアを人間に戻した時のように、パッと光る感じで」
「ティナ、サーラ、守る」
「ああ、うん。なるほどね。無理か。無理かな? これ」
「どうでしょうか。そもそもあれだけの戦闘能力を持った上にサラステアさんを人間に戻す特殊能力まで備えた精霊なんて規格外すぎて判断できません。ああ、その
「ちょ、やめなさいよね。いくら人造精霊だからってこんな可愛い子相手に何考えてんのよ」
ティナが近くを飛び回る光の精霊の頭を撫でてやれば、精霊は幼子のように破顔した。
「ティナ、サーラ、守る」
「ちょ、この子可愛すぎ。アロスの奴、今までこんな可愛い子を私に隠してたなんて、後でとっちめてやるわ」
「ふふ。そうですね。そのためには生きて会わないといけませんね」
ドォオオオン!!
ダンジョンが震え、天井からパラパラと落ちてきた大小様々な土塊が二人の美貌を叩く。
「アロス」
「アロスさん」
二人は生き埋めになる恐怖よりも今死闘を繰り広げている幼馴染みの安否を思って体を震わせた。サラステアを担ぐ二人の少し前を走っていた火王国の騎士が振り返る。
「もしもの時は我らが盾になろう。だから姫を頼んだぞ」
「いや、そう言ってもらえるのは嬉しんだけど、そんなことして生き残っても後味が悪すぎるから却下」
「そんなことを気にしてる場合ではない」
「うっさいわね! こっちはようやくずっと好きだった幼馴染みとこ、こ、恋人になれそうだってのに、こんなことで台無しにされたくないのよ」
「は? ……恋? 本気で言っているのか?」
「大真面目よ。何よ、お姫様のために戦うのはありで自分の恋のために戦うのはなしだって言うの? 気取ってるとぶっ飛ばすわよ。つーか、サーラ。このままだとマジでやばそう。何か手はないの?」
「……そうですね。逆にもっと地下に潜っちゃいましょうか」
「それよ! ナイス! ナイスよ、サーラ。こうなったらそれっきゃないわ。アンタ達聞いてたわね?」
周囲にいる火王国の者達が顔を見合わせ、やがて誰となく頷いた。
「よし。それならーー」
「二人とも無事だったかい」
「へ? えっ!? ア、アリアさん?」
当然現れた軍服姿の女性に誰もが目を見開いた。
「この間悪戯した時に体に仕込んでおいたのがこんな風に役立つなんて。あれがなければこの深さにいる君達の影に僕の魔力をつなげることはできなかったよ」
「へ? 何? 私達の体に何かしたんですか?」
「ちょ、ティナ。サラステアさん落っことしてますよ」
「あ、ごめん。サラステア」
暴漢を前にした乙女のように自分の体を抱きしめていたティナは、慌てて地面に落とした火王国の王女を拾う。
「悪いけど話してる時間はないんだ。全員僕の影に入って。ここに君達がいるとアロス様や聖号者様方が全力を出せない」
「それを早く言いなさいよね!」
王女を抱えたまま、ティナは誰よりも先にアリアが作り出した影の中へと飛び込んだ。
「っと、……ここは?」
一瞬で地上に戻ってきたティナが周囲を見回す。
「何か見覚えがあるような」
続いて影から出てきたのはサーラ。二人の後に続いて火王国の者達が出てくる。
「恐らくダンジョンから数百メートルほどの距離だな」
周囲を見回して、騎士の一人が呟いた。
「皆いるね? じゃあ早くここから離れて! そろそろ魔力がヤバくてこの距離にしか転移できなかったんだ」
そういうアリアの顔はよく見ればクマができて心なし頬もやつれていた。
「離れろって、ここはダンジョンから百メートル以上離れてるみたいですよ」
「それにアロスさん達がいるのは地下深くです。距離は十二分に取れていると思いますが」
「二人とも何を言ってるんだい。僕たちの
その言葉を肯定するように地面が大きく揺れた。
「な、何これ?」
「そんな、ここまで届くほどの力?」
今までの激突はまだ全力ではなかったとばかりに、大地がひび割れ、地面が盛り上がる。神の怒りを思わせる自然現象の中、ダンジョンを呑み込んで二つの太陽が空へと昇った。
「アロス!」
「アロスさん!」
白き太陽の中心に見える人影に向けて、二人の幼馴染みが叫んだ。
白と黒。二つの太陽は睦み合うかのように互いの力をぶつけ合い、その激突により生まれた
「ちょっと!? こっち来るけどこれってまずくない?」
「アリアさん、転移は?」
「無理だ。皆、早く逃げ……いや、ダメだ。全力で防御しろ!」
アリアの叫びに闇の女王のダンジョンを生き延びた精鋭達が素早く反応し、影から現れた聖暗部の残りのメンバーも防御に参加するが、それでもなおーー
「無理だろ、これ」
誰かが呟いた。中には天で光を放つ少年に祈りを捧げる者もいた。
「サーラ、分かってるわね」
「ええ。絶対に生き残りましょう」
二人の幼馴染は迫る
「ティナ、サーラ、守る」
光の精霊がその翼を広げ、光のドームを生成する。光のドームは迫りくる圧倒的なエネルギーから中にいる者たちを守った。
「ナイスよ、精霊ちゃん」
「さすがです」
歓声を上げる二人に精霊もまた嬉しそうに笑った。
「ティナ、サーラ、守る」
「アロス様」
アリアは自分達を守る光の精霊に一度頭を下げると、天で光を放つ自らの主人を心配そうに見上げた。そんな女軍人の肩にロープを纏った紅髪紅目の女が手をおいた。
「アロス様なら……ううん。弟君ならきっと大丈夫よ」
「そうだね、ルル」
「ルルさん!? 居たんですか? いや、それよりもアロスに力を貸すことはできませんか?」
白き太陽と暗黒の太陽は一見互角にぶつかり合っているが、暗黒の太陽が貪欲に己の勢力を伸ばすのに対して、白き太陽はどこか消極的に見えた。
「今は見てるしかないわ」
「そんな……」
幼馴染みの少年が放つそれは、己と同じ場にいることさえ周囲に許さない圧倒的な輝き。神の血を引く者達の激突に只人が出る幕はないのか?
若き剣士は無力感に拳を握り締めた。そんな幼馴染みの肩を魔術師が揺らす。
「ティナ、あれ」
「え? あれは……師匠!?」
「はい。私の師匠もいます」
光と闇の太陽の周りで光を放つ者達がいた。太陽という絶対の重力に惹かれながらも、それでも尚、育て上げた
その中の一つ、銀の星が鍛え抜いた最高の
「聖王銀剣術奥義『一刀絶命』」
それは己の全力を一太刀に込めるという、ただそれだけの技。誰もが出来るそんな当たり前を極めた結果、純粋な剣術のみで距離すら切り裂くようになったそれは、まさに技の局地。本来であれば優れた才を持つ者が何十年と修練に励んでそれでも到達できるか分からないその境地に、聖号者の歴史上最も若くしてその地位にまで上り詰めた天才は既に立っていた。
闇の太陽を生む女王に、聖号者史上最高の剣士、その刃が迫る。だがーー
「魔王投龍術奥義『暗絶中』」
黒き羽を生やした女魔族が投擲した槍。それが距離を無視した無双の一太刀を見事に迎撃してみせた。
我等を舐めるなとばかりに暗黒の太陽に従う恒星達が反撃に出る。
「偉大なる我等が魔の系譜に栄光あれぇえええ!!」
膨れ上がる二の腕、非現実的なサイズにまで一瞬で発達したそれをもって、魔族の男が光の太陽を生む王子へと殴り掛かった。それに対するはーー
「うちの坊主に手を出してんじゃねぇぞ、このボケ!」
拳聖。聖王国において最も強靭な肉体を持つ男の拳が炎を纏って魔の怪腕を迎撃する。
「弾けろ! 聖王拳術奥義『千魔必滅』」
「小賢しいわ、人間風情がっ! 魔王拳終局『怪腕滅殺』」
ぶつかり合う巨大な太陽の狭間で、拳の激突が新星爆発の如き爆発を生む。そんな中、両陣営において最も術理に長けた賢者達が祝詞を紡いだ。
「聖なるかな。永久に続く輝き。沈まぬ太陽よ、魔を払いて善を為せ」
「夜の祝福。永遠に満ちる静けさ。始まりの夜よ、空を覆い悪を為せ」
賢者を中心に場が作り変わっていく。自分達に有利なように、そして相手にとって不利になるように。世界の法則が改変されていく。
「『ホーリー•フィールド』」
「『ダークネス•フィールド』」
自らを讃える場を得て、二つの太陽が更なる高まりを見せる。
暗黒の太陽の中心で闇の女王が笑った。
「アハハ! 凄い! 凄いぞ! こんな昂まりは初めてだ。この高揚、これが生か。これが感動か。ああ、愛おしい。貴様もそう思ってくれてるだろう? 光の寵愛を受けし王子よ」
白き太陽の中で光の王子が目尻を吊り上げる。
「高揚? そんなものはない。お前は危険だ。ああ、この肌に張り付くような忌々しい感覚、これが死か。これが憎悪か。俺達の世界にお前はいらない。だから早く滅びろ、闇の祝福を受けた王女」
「つれない、つれないなぁ! 滅び? いいや、これは始まりだ。私を定義付ける者よ。私の婚約者よ」
「戯言を! 俺とお前にこれからなんてない。ここで絶対に終わらせる。後な……俺には既に最高の婚約者がいるんだよぉおおお!!」
白き太陽が一際強く輝き、それに追従する三つの恒星。
「来るか? こいこいこいこい! 私が! この私がお前の全てを受け止めてやろう」
暗黒の太陽とその星達もまた、深く黒い闇を放つ。そしてーー
「「うおおおおおお!!」」
史上初となる異なる神の血を受けし者達の激突に決着がついたのだった。
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