第23話 歌声

「あっぶなー。危うく串刺しね」


 両サイドの壁から飛び出した槍を全て切り払ったティナがホッと一息つく。


「むー、すごい早業ですわ。剣聖、噂には聞いていましたが弟子であるティナ様の腕前を見るに、噂以上の人物のようですわね」


 リラザイアさんが抜いたはいいが振るう機会のなかった剣を鞘へと戻した。


「私なんかの腕を見て師匠の実力を計らない方がいいわよ。師匠に限らず聖号者は別格だから」

「そうですね。私の師匠もそれはそれはすごい人物ですよ」

「二人がそこまで仰るなんて……。是非とも一度会ってみたいものですわね」

「機会があったら紹介してあげるわよ」

「いいんですの?」

「師匠に友達紹介するくらい、いいに決まってるでしょ」

「友達……私がですの?」

「何よ、違うっていうつもり?」

「そ、そんなことはありませんわ。友達、私たちは友達ですわ」


(既に地下十階。思ったよりも進むペースが早い)


 罠を警戒してもっとゆっくりと進むと思ってたんだけど、今までのダンジョン潰しでコツを掴んだらしく、ティナの探索速度は素早く的確で、一つの階層を一時間以内にクリアしていった。


(この分だと下手をすると二十階よりも下に行くことになるかも)


「アロスさん? また声が聞こえませんが、大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ」

「アンタね、はぐれてないかの確認の意味もあるんだからもっと会話に参加してきなさいよ」

「でも、それ言うならリリラさんの方が喋ってなくない?」

「これは失礼を。それでは歌います」

「へ? なんでうた……って、うま? めちゃくちゃ上手いんですけど?」


 聖王国でも音楽に触れる機会はそこそこあったけど、そんな教養けいけんなんてなくても、リリラさんが超一流であるのは明らかだ。


「や、やるわね。それなら私もーー」

「歌わなくていいのでティナは前を警戒してください」

「いたっ!? サーラ、アンタたまに当たりがきついわよ」

「ティナがたまに笑えないボケをかますからです」

「ボケと何よ、ボケとは」

「まぁまぁ、お二人とも。ここは間をとって私が歌いますわ」


 芸術のような歌声に別の音楽が混じる。


「普通だ。上手すぎず、下手すぎない。メチャクチュ普通の歌唱力だ」

「アンタって奴は見かけと性格以外本当にパッとしないわね」

「それは聞き捨てなりませんわね。やはりここらで私の本分である戦闘職の実力を見せるべき時が来たようですわね」

「いや、アンタは戦闘禁止だから。そんな時は永遠に来ないから」

「そんな殺生な。後生、後生ですわ」

「あ、歌が二番に入りましたよ。すごくいい曲ですけど、なんて曲なんでしょうか?」

「俺も気になってたけど、サーラも知らないんだ。あの、リリラさんその曲……リリラさん?」

「完全に自分の世界に入ってますね。すごい集中力。尊敬します」

「え? でもそれ傭兵としてはどうなの?」


 などと話している内に、ティナを先頭に俺達はどんどんダンジョンを降っていった。


「よし、アンタら今日はここで休むわよ」


 周囲を警戒しやすい少し広めの通路でティナがそう宣言した。


「了解ですわ。シーツを引きますわね」


 円状の黒いシーツが通路に広がる。それをティナが指で突っついた。


「へー。見かけは薄いくせに結構弾力あるわね」

「当然ですわ。うちで取り扱っている商品の中でも最高品質のものですわ」

「アンタ、一応自分が奴隷ってこと忘れてない?」


 形式上のこととはいえ主人である俺達よりも高価な道具をもつ奴隷に、ティナが半眼を向けた。


「べ、別に忘れてませんから。それよりも、さぁ、寛いでくださいませ、ご主人様方」

「サーラ、悪いけど人造精霊出しといて」

「迎撃用と警鐘用を全ての通路に設置しました」

「そう。一応見張りは立てるけど……あ~。凄いわこのシーツ。生き返る~」


 地面に置かれたシーツの上に寝転がるティナ。各々が背負っていた荷物を置いて寛ぎ出す。


「汗をかいたので身体を拭きたいのですが」

「あ~。全員が一気に武装解除するわけにもいかないから順番にやりましょうか。そしてアロス、ちょっとでも振り向いたら……分かるわよね?」

「あのさ、ティナ。もう少し俺のこと信頼してくれてもいいんじゃないかな?」


 そう言ってティナやサーラに背中を向けるけど、正直……超見たい!


「すみません、アロスさん。すぐに終わらせますから」


 なんて言葉に続いて衣擦れの音がすれば、誰だって振り向きたくなるものではないだろうか?


(なんとか見れないかな)


 必死になって目だけを動かしていたら、隣にいたリラザイアさんとバッチリ目があった。


「……いや、違うんだ」

「分かっていますわアロス様、私もこうなることは覚悟しておりました」


 俺は獲物を狙う眼光でも放っていたのだろか? リラザイアさんが悲壮感たっぷりの顔で自分の体を抱きしめる。


「アロス、アンタね、いくらムラムラしたからって立場を利用してリラザイアに手を出すとかマジないわ」

「だから違うってば!」

「アロスさん、それ程までに見たいのでしたら私の体を見ていただいて構いませんよ?」

「え? 本当?」


 振り向いたら、上半身裸のサーラが目を見開いた。


「えっ!? あ、あの、は、はい。本当……です」


 サーラの両手が顕になっている胸元を隠そうかどうか悩むように泳ぐ。見る見る内にその人形のように白い肌がリンゴのように赤くなった。


「アロス~、アンタって奴は」

「い、いやこれは俺悪くない…よね?」

「「覚悟はできてます(わ)」」


 恥ずかしそうに自分の体を抱きしめるサーラとリラザイアさん。俺達がそんなことしてる間もリリラさんの歌声は洞窟の中に響き続けた。

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