二つの景色の前で

 くるくる。

 くるくる。


 絵筆の魔法の杖が回っている。


《ゲン先輩、ゲン先輩。私を探してくださいね。きっとですよ》


 元の世界で佐藤の妹が最後に言った。だから、絶対に探してあげる。探せるから、探してくれと言ったんだ。向こう側に行けないのなら、最初から頼まない筈だ。自分勝手な理由を付けてでもいなければ、私はくじけそうになってしまう。一緒にいてくれるハジメだけが頼りの私。ひ弱で無力な私。いつでも誰かに頼ってばかりの私だった。


「ハジメくん」


 この世界の私の分身に、そっと手を差し出した。手を取り合って一緒に一歩を踏み出し、精霊の領土に行くんだと決意した。


 ザァァーーーーッッ

 ダンダンダンッ・・・


 水の流れと金属を叩く音がする。一歩を踏み出した私たちの前には、川と工場があった。


「どうして?」


 神社に行けないのでは何も出来ない。佐藤を探すことも出来ないではないか。落胆が私を襲った。体中の力が抜けて、ひざまずきそうになった。


「ハルカ、やり直そう。一歩戻って、もう一度やろう」


 ハジメの手が力強く私を支えてくれた。私は弱虫だ。絶対に探してあげると誓いながら、一番に諦めてしまうのは私だった。


 自分自身が嫌になる。こんなにも情けない女の子なんだよ。ハジメには本当の私を知ってもらわないといけない。ハジメには私はつり合わない女の子なんだよ。


 だからはっきりと言わなくてはいけないんだ。


「私って・・・ 私って、駄目な女の子だね」


 私と言う言葉。自分自身を表現する言葉。いつから言えなくなっていたのかな。


「違うよ。僕らは一緒なんだ。一緒だから手を取り合っていかないといけないんだ」


 泣きたくなった。涙が出そうになった。私がハジメなら、こんなことが言えただろうか。切り捨てることしかしてこなかった私なのに、ハジメはこんなにも私に優しかった。


「どうして? ううん。ありがとう。ありがとうね、ハジメくん」


 理由なんて訊くべきではない。訊いちゃいけない。そう思う。だって私たちは、同じ存在なんだから。


 一歩下がると、また鳥居の前に戻った。ハジメには全然景色が変わっていない川と工場のままだったらしいけれど、私にははっきりと鳥居が見えている。


「何かがいるのかもしれないのかな」


 佐藤の妹を思い起こしてみた。


《ゲン先輩、ゲン先輩。私を探してくださいね。きっとですよ》


 それだけしか思い出せない。その前にも何かを言っていた気もする。


《ハルカ先輩は、――― 》


 ゲン先輩とは言っていなかった。とても心の奥底に突き刺さることを言われた筈だった。


 くるくる。

 くるくる。


 絵筆の魔法の杖が回っている。

 そして、ある光景が脳裡に蘇った。

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