同じ世界で
窓から真白と一緒に落ちて行く時に、満月が見えていた。綺麗な満月が印象的で、これが死の世界なのかなって思ったほどだった。
《ハルカ先輩は、中岡真白さんを殺した》
真白と月。そして、ハルカ先輩と一度は呼んでいながら、ゲン先輩と言い直している。何を意味するのだろうか。佐藤の妹は何を言ったのだろうか。
ハジメにそのことを伝えても、皆目分かる筈もない。それでも一人で考えるよりも、二人の方がいいに決まっている。
「くるくるって何?」
「それは魔法使いの真似をしてるだけ」
この世界の魔法使いは杖なんか使っていない。魔法論理学があって、数式や科学を使っているのだった。
「魔法の杖代わりの絵筆を回すの」
私はくるくると手を前に出して回した。
「それだよ、ハルカ。妹さんがいつもやっているそれが答えなんじゃないのかな」
あっと私は頷いた。
「でも、絵筆なんて持ってないよ」
「大丈夫!」
ハジメは手を差し出すと、絵筆が出現した。
「素敵な魔法だね」
頭を掻きながら照れるもう一人の男の子の私は、どんどんと掛け替えのない存在になっていった。まだはっきりと私は気付いていないけれど、そうかと問われれば頷いていたと思う。
くるくる。
くるくる。
大鳥居に向かって、絵筆の魔法の杖を回す。
くるくる、くるくる。
くるくる、くるくる。
「佐藤、探したよ。あなたに会いに、ここまで来たよ」
くるくる、くるくる、くるくる。
くるくる、くるくる、くるくる。
何も変わらない。懸命に祈りながら絵筆を回すが、鳥居には何も変化が現れなかった。魔法の杖ではないのだろうか。こんなことぐらいでは、魔族は境界の束縛を越えられないのだろうか。
「あっ!」
諦めかけていた時に、ハジメが奇声を上げた。絵筆の先を指差して、驚いた表情をして私を見詰めていた。
「どうしたの?」
驚くようなことは何も起こっていない。何も変わった様子がなかった。
「これが鳥居なのか」
ハジメが上を見上げている。大鳥居のてっぺんに視線が向いているみたいだった。
「見えるの、あれが?」
「あぁ、馬鹿デカイ門がある」
精悍な顔立ちをしてハジメが頷いた。私の手を取って、逞しい力で精霊の領土へと導いてくれるのだった。
「これが。これがハルカに見えていた世界なんだ。精霊の領土なんだな」
川と工場が無くなり、神社が出現している。大鳥居を振り返ると、河岸段丘の上に駅が見えている。列車が空を飛び、魔族の世界がそこにはあった。
「良かったな、ハルカ。これで後は、佐藤姉妹に会うだけだな」
「うん」
嬉しくなって泣きそうになった。もう少し。もう少しで、私は元の世界に帰ることが出来るんだね。
「その前におまじないをしてあげるよ。ここから先に進んで行っても、ハルカが無事に戻れますようにってね」
ハジメが掌をかざして、私にふうっと息を吹き掛ける。光の糸のようなものがキラキラ輝いて、私を包み込んで消えていった。
広大な境内には、意外と多くの人の姿が見られた。私は普通に神社の参拝に来た気分になった。手水舎で身を清め、拝殿に向かう。大鳥居に匹敵する巨大な建造物で、私は心底から精霊の偉大さに恐れ入ってしまっていた。
「あの拝殿で神様にお祈りをするんだよ」
迷子の子犬のようにきょろきょろしているハジメに、私は説明してあげた。神様って分かるのかななんて、心配しながら一歩一歩と拝殿に近付く。
拝殿の中央部分は大きく開けられているのが見えた。その奥には、きっと本殿が拝めると思う。そこに佐藤が待ってくれている筈だった。
「こんなに大きな神社だなんて、精霊って凄いんだね」
巨大な拝殿の正面はまだ遠い。歩いていてはなかなか時間が掛かった。
「それは知らないんだ。先生も言っていただろ。魔族は随分昔に精霊とは交流を絶っている。だからどんな力を持っているのか何も知らないんだ」
人々が拝殿でお参りをしているのが見える。二礼二拍手一礼。まだ遠くからだけど、人々のお参りの作法が知っているやり方と同じなので安心した。
拝殿の中央の開口部分から、奥にある本殿の端が覗き始めた。想像通りこれも巨大だ。大きく湾曲した屋根の威容が、歩を進めるほどに窺えるのだった。
そして、ついに拝殿の正面に立った時、私は気を失うくらいの衝撃を受けてしまった。頭の奥を強く打たれ、何もかもが私の目の前から無くなってしまう気がした。
ハジメがいてくれなければ、ハジメが抱き止めてくれていなければ、私は気が狂っていたかもしれなかった。
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