男の子の中で

「おーい、ゲン」


 頭の上から声がする。


「おはよう」


 降って来るようにその声が続いた。私は何気なく顔を上げて、群青色の空を見上げた。朝日に輝く雲を背景にして、人の影が見えた。


「ヒッ!」


 人が落ちて来る。私に向かって天空から人が降って来ていた。


 きゃーーーっ


 驚き過ぎて、悲鳴も上げられない。事故が起きたのだろうか。飛行機事故?


「ゲン、学校に行くぞ」


 声はのんびりと私の顔を見て笑っている。漸く落ちてくる人物の表情が見える様になって、私は唖然とした。


「高橋?」


 そう。落ちて来ているのは、クラスメイトの高橋だった。坊主頭で野球部の高橋だ。だけど、ちょっと違う。ううん、全然違う。だって腕が翼になっている。体よりも何倍も大きな翼を広げて、高橋が天空から舞い降りて来るのだった。


 夢だよね。これは絶対に夢だよね。夢、夢、夢。絶対に夢なんだから。


 バサバサバサ・・・


 翼が力強く何度も羽ばたかれる。庭一面の薔薇が揺れて、花びらが宙に舞っていた。


「行くぞ、ゲン」


 高橋がそう言った時、私の足は地面から離れていた。浮いている? そんな感覚になったのは一瞬だった。突然に宙吊りにされて天高くに投げ出される恐怖が私を襲った。遊園地のジェットコースターなら体はしっかりと固定されている。けれど、まったくの無防備で、何が起こっているのか理解できない私は、パニックにすらなる余裕もないまま気がつけば、さっき見ていた雲の上にいた。


「ゲン。遅刻しそうだから急ぐぞ」


 高橋の声が頭の上からした。目を上げると、高橋の足が猛禽類のものになって、鋭い爪が私の両肩を掴んでいるのだった。少し爪が食い込んでいる。痛い。私の体重と加速して行く荷重が加わって、痛みが少しずつ増していった。痛い。痛いの? 何で痛いの? これは夢なんでしょ? 夢だよね。


 田園風景が地平線まで続く景色が見える。所々に家々が並び、空にはたくさんの鳥の姿が見えた。でも、よく見ると鳥ではない。胴体は人の形をしている。高橋のように腕だけが大きな翼になって空を飛んでいた。


 高い所に宙吊りにされている気分は、最低なのがよく分かった。私は段々と気分が悪くなってきた。たぶん車酔いみたいなものなんだろうな。くるくると景色が回っているみたいだった。


 !


 私は思い出した。ここに来る前の記憶。こんな世界に来る前のことを思い出した。


 くるくる。

 くるくる。


 絵筆の魔法の杖が回っている。さらさらのショートボブが綺麗な女の子は、私が小さい頃に魔法使いにしてあげた。テレビアニメに登場してくるキラキラお目々の魔法少女が、私の憧れだった。その頃に近所に住んでいた女の子と遊んでいたんだっけ。


 くるくる。

 くるくる。


 佐藤の妹が魔法を掛けたんだ。この世界は魔法で作った世界に違いない。


「佐藤藍。あなたはいったい何をしたのよーーーっ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る