図書館横で

 図書館で司書をする佐藤は、俺を見つけるなり作業を誰かと交代して受付から出て来た。話しが出来る外に行くと、周りの様子を窺って、誰もいないことを確認していた。


「良かった。来てくれたのね」


 佐藤がホッとしている声で言う。俺はどういうふうにして昨日のことを聞き出そうかと、そればかりで頭の中が一杯になっていた。


「ここの小学校の卒業生名簿の写真を何度見てもいないのよね」


 佐藤が突然俺に言うが、何のことなのかさっぱり分からなかった。取り合えず分かったような振りをしながら、話を合わせていくしかない。


「そうなのか?」

「よく考えてみれば、小学生みたいだから、まだ卒業していないのよね。でも、図書館にはそれ以外にはないから、調べようがないの」

「うん」

「どうする? あの子が何も言ってくれないと、アタシたちは何もしてあげられないのかな」

「うん」


 俺は考える振りをした。佐藤は真剣に悩んでいる。何処かの小学生の正体を探っているようだ。


「お前、妹がいたんだな」

「はぁ、何?、いきなり」

「さっき美術部で話してた」

「そう。アンタの後輩になったんだから、宜しくしてあげて」


 俺は佐藤の顔に、佐藤の妹の顔を重ねた。確かに似ている。二年前の佐藤はあんな感じだったなって思った。そう言えば、佐藤はここの中学校からの高校進学組ではなく、佐藤の妹と同じく高校受験組だった。


「そうね。いいアイデアだね。こうなったら、似顔絵でも描いて、みんなに訊いてみる? アンタ、絵がうまいんだからさ」

「はぁっ?」


 佐藤が話題を元に戻した。どうやら美術部の話をした俺が、提案したみたいだった。


「ほら、早く」


 佐藤は俺の鞄を指差している。描くものを用意しろと言っているのだ。


「でも・・・・」

「何?」

「分からない」


 俺はそう言った。忘れたとは言えない。


「何が?」

「顔」


 佐藤の眉間に皺が寄った。これは俺を弄んでいる時の佐藤の表情だ。俺をからかって楽しんでいるあれだった。


「何言ってんの? 昨日ちゃんと会ったでしょう」


 俺は首を振った。このまま分からないを押し通すしかない。


「顔が見えなかったの?」


 俺は頷いて、佐藤の様子を待った。顔が見えないで通用するものなのかと不思議に感じた。


「幽霊だから、アンタにも見えなかった・・・の?」


 少し残念そうに佐藤が言ったが、俺はそんなことよりも、

「幽霊!」

 驚いて大声を上げていた。


「なっ、何してんの。大声出さないで」


 慌てた佐藤が俺の口を塞いで、周囲をまた窺っている。

 幽霊って何だ。小学生の幽霊だって。昨日、俺は佐藤と何をしていたんだ。そんな非現実的なものを見たって言うのか。


「仕方ない。アタシが特徴を言うから、アンタは似顔絵を作りなさいよ。ほら、早くして」


 俺の鞄を引っ張り開けて、勝手にノートを出して広げている。はいはいと俺は筆入れを開けて、鉛筆を取り出していた。


「髪型はね、―― 」


 細かく特徴を聞きながら、俺は似顔絵を描き続けた。特に目元がうまく似ていないようで、何度も描き直させられた。佐藤は、まったく似ていないと主張する。俺にしっかりと描けと段々と命令口調になって言うが、言われている俺も幾分腹が立ち始めていた。

 何故こんなにも不快な思いをして佐藤に付き合わねばならないのだ。そもそも幽霊なんているわけがないんだぞ。

 我慢、我慢。俺は自分に言い聞かせる。記憶を失くした俺が悪いんだって。


「目はもういい。次は、目尻の下にホクロがあって、耳たぶまで真っ直ぐに等間隔で五つ並んでいる」


 佐藤は左の目の下から耳たぶまでを、指先でちょんちょんちょん・・・と五つ指し示した。俺はノートに五個の黒い点を描く。人工的に感じがする。本当にホクロがそんなに規則正しく並ぶのだろうか。


「! ――ホクロじゃない」


 急に俺の胸が締め付けられる思いがした。ホクロではないと、俺の内側が叫んでいる。強い悲しみが襲って来て、悲鳴を上げている。幽霊の正体を知ることの恐怖に脅えている。


「これはホクロじゃない!」

「どうしたの?」


 佐藤が戸惑っている。そして、探るような目をした。


「アンタの知っている子なの?」


 俺は目の輪郭を修正した。少しぼかしを加えて、瞼と眉を吊り上げた。


「あっ、この子だ。そっくり。やっぱり知っている子なんだ」

「まし・・・ろ」

「えっ?」

「真っ白な真白」

「まっしろなマシロ?」

「中岡真白。小学生の時のクラスメイト」


 俺は気分が悪くなった。頭痛がして、吐き気さえする。クラクラする頭の中で、何故か満月がくるりくるりと回っていた。


「帰る!」


 佐藤がびっくりするのを無視して、俺はノートと鉛筆を乱暴に鞄に投げ込むと、逃げるようにして帰った。佐藤が何度も呼び止めているが、聞こえない振りをした。この場所に居たくなかったのだ。一刻も早く立ち去れと、俺の心が叫んでいた。


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