高3の教室で

 教室で女子たちが、俺の席を囲んでグループを作っている。清水が机の上に座って脚をぶらぶらと揺らしていた。俺は自然と目の前の脚に視線が行ってしまう。スカートから真っ直ぐ伸びていて、膝小僧がとても小さかった。


「――てると、明日がいいよね?」


 清水が左手で頬に垂れる髪を耳に掛けながら、皆の話を聞いている。少し首を右に傾げていて、斜めに視線を落としていた。


「ゲンはどうかな?」


 誰かに突然訊かれた。しまったと俺は内心うろたえている。清水の脚に見惚れていて、グループの話を全く聞いていなかった。


「日曜日は予定があるの?」


 そう訊き直されている時、清水は視線を皆から一瞬外した。その先にはもう一つのグループがいる。それぞれ気が合った仲間がグループを幾つも作って、昼休みを過ごしていた。


「佐藤と約束があるとか?」


 清水の視線の先のグループにいる佐藤に、皆も視線を向けた。何故このタイミングで佐藤と言い出してきたのか気になった。仮面ヒーローのぬいぐるみストラップを貰ったので、何かを皆が勘ぐっているのだろうか。


「別に佐藤とは何もないし、あいつが勝手にいろいろしてくるだけだよ」


 仲間意識って言うものがあるのかもしれない。俺が佐藤のグループにも入っているのをよろしく思っていないのだろうか。二股は許されないようだ。


「昨日、図書館で会っていたでしょう」

「そうよ。図書館に入って行ったって、私も聞いたわ」


 皆の詰問が飛び交う中で、清水が綺麗な脚を組んだ。可愛い膝小僧が俺の鼻先に突き出される。


「ないない。会ってないよ」

「昨日、美術部から早く帰って行くゲンを、見たって言う人がいるのよ」

「え?」


 俺は昨夜の母との会話を思い出していた。女の子と事件という言葉を言っていながら、それが何のことなのか分からなくなってしまっていたのだ。


「昨日は・・・・」


 美術部からの帰りの記憶がなかった。そこから母との会話に記憶が飛んでいる。どうしてしまったのだろうか。俺にはこんなことは初めてだと思うが、母はそうは言っていなかった。それがどうしても気になる。


「誰が見ていたんだ?」


 意図せず大声になっていた。その声に清水が驚いて、反射的に飛び上がっている。座っている腰を少し浮かせて、机から片足を床に降ろして逃げる構えになって止まっていた。

 俺の顔色が急変しているので、周りを取り囲んでいた女子たちが驚愕している。襲い掛かると思われたのだろうか。なるほど、俺の語気が強くなっているのは確かだった。


「ウソを言っているみたいだけど、覚えていないんだ。昨日、何をしていたのか思い出せない」


 落ち着いた声を作って、少し頭を下げた。身構えたままじっとしていた清水が、机から降りた時にスカートの裾が乱れて、白く透ける太腿の付け根が剥き出しになってしまった。


(痣?)


 見えたのは瞬間的だった。俺はスカートの中を覗くつもりがなかったのだけれど、つい見てしまった。白い腿に蒼い痕。それを見られた清水の顔が激怒している。恐ろしくきつい眼つきをして、清水が掛けている眼鏡のレンズ越しに、まるで犯罪者を見るように凝視していた。

 女子たちがさっと離れて行く。たぶん俺は危険人物視されたのだろう。これでこのグループからのけ者になることが決定された。


「ホントなんだ。前にもこんなことがあったって、母に言われたんだ。だから、何かの病気なのかもしれない」


 俺は言い訳がましく言っていた。グループからのけ者にされるのが嫌だからではない。誤解されるのが堪らなく嫌だった。あと一年間でばらばらになってしまう高校三年生だけど、だからこそ、このままにはしていられなかった。


「あっ、そう。お大事に」


 誰かの冷たい響きの言葉が、俺の胸に風穴を開けた。突き刺さるだけだったら良かったのに、穴まで開いてしまっていた。


 俺は、明日にはこの事をまた忘れているのだろうか。嫌なことを忘れることは、決して悪いことじゃないさ。あんたは自分を守るためにしていることなんだからね。そう母が言っていたのだ。俺はこれまでの嫌なことを全部忘れているのだろうか。何があっても、自分を守るために都合よく生きていたのだろうか。

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