高校三年生の教室で
優等科の早朝小テスト。赤点を取れば、昼休み返上で再試験や補習になる。一年生や二年生でこれを繰り返していれば、進級は出来なくなる。普通科に落とされてしまうのだ。
教室に着くと、さらさらの長い髪の女子が俺の席に来た。両手を後ろに回して、不敵な笑みを浮かべている。こいつがこんな感じで近付いて来るのは、いつも何かを企んでいる時だった。
俺は十分に警戒して、小テストの教科書を出しながら、今から清水と勉強をするんだぞって言う顔をした。
「ハッ・ルッ・カッ」
こちらの意思を全く無視する佐藤は、俺とは違って余裕綽々なのだ。いつも訳の分からない本ばかり読んでいて、授業の勉強をしている様子もない。それなのに成績上位にいた。
「佐藤は賢いからいいよな」
俺は教科書をぱらぱらとめくって、殊更に余裕がない振りをした。
「あら、お邪魔だった? でも、これを見たら、そんなことは言っていられないわよ」
佐藤は後ろに回していた腕を俺に突き出した。その手には紙包みを握っている。
「ほらほら、プレゼントよ」
グイグイと突き出してくる佐藤の手に、俺の顔が押し付けられている。
「はいはい、ありがとう。今度は何の贈り物かな?」
前回はボックスティッシュだった。その前は輪ゴムの束。そして、その前は付箋紙の詰め合わせセット。一体何のつもりか分からない。でも、俺には全く不要なものでもなかった。ちょうど欲しいなって思っていたけど、ほんの少しで良かったのだ。大量になんか欲しくはなかった。だけど、どうして欲しいって分かったんだろうか。偶然だよね。
紙包みを受け取った俺の手を、じっと見詰める佐藤は、早く開封しろと脅迫的な強引さで迫って来る。手の平に乗る紙包みは軽い。今回の大量に要らない物は何なのだろうか。
ガサガサと少し乱暴に包みを破ると、小さな小さな銀色の手袋が見えた。そして、もう一つにも、小さな小さな赤色の手袋。
「!」
ボディのサイドラインが一本のものと、もう一つは二本のもの。
やばい。紛れもない。絶対に―――
「これはっ!」
真っ赤な目をした仮面と風車の付いたベルト。
「これは、仮面ヒーロー1号2号ではないか」
俺は腰が抜けそうになった。ぬいぐるみストラップを取り出すと、両手に掲げて、ワォって雄叫びを上げてしまっていた。
佐藤がそれを気持ち良さそうに眺めている。俺を驚かせて喜んでいるのだ。してやったりと思っているんだろう。要らないものだと思っていた俺が、こんな顔をしてしまったんだ。さまに直球でど真ん中を打ち抜かれてしまっていた。
「佐藤ーーっ、ありがとうーーーっ」
クラス中の視線なんて関係ない。俺は佐藤を力一杯に抱き締めた。佐藤の額に、頬に、肩に、胸に頬ずりした。そして、キスしてやろうとしていたら、
「やり過ぎ、やり過ぎ。ハルカ、やり過ぎだって」
佐藤は俺の顔を両手で突っ撥ねて笑っている。それでも、俺はキスを迫り続けていた。
「ゲン、騒ぎ過ぎだよ。今はみんなそれどころじゃないんだから」
清水が呆れた顔つきで、そして不機嫌な声で俺たちを制止した。でも、そうしてくれなければ、俺はこのまま行きつくところまで行っていたかもしれない。
「ああぁ、ごめん。ちょっと興奮してしまった」
佐藤が両手の人差し指を立てて俺を指すと、意味あり気にニタニタしながらスカートを翻して、自分の席に戻って行った。
「仮面ヒーロー1号2号だぁ」
そう呟いて、俺は大事に学生鞄に結び付けていた。指先でちょんと突くと、ゆらゆらと揺れる。ずっとそれを見ているだけで、幸せな気分に浸れた。
「小テスト!」
清水が現実世界に俺を引き戻す。三年生最初の小テストだった。進路が決定される。
「うぉ。そうだ、そうだ。復習しなくちゃ」
教科書を開いて清水は不機嫌な表情をしている。怒っているみたいだった。
「ゲンが悪い!」
低い声を出して、わざと聞き取り難くように言い放ってきた。
「験が悪い?」
何の縁起が悪いのか。仮面ヒーローの縁起が悪いのだろうか。ちょっとそう思ってしまった。しかし験ではなく、俺の名前のゲンのこと言われているのだと気付いた。
「あぁ、ゲンね。何で?」
「ゲンが悪い」
清水が繰り返す。赤い顔をして、佐藤を睨んでいる。
「だから、何で?」
「ゲンが悪いっ」
「だから、?」
真っ赤な目をしている。泣くのか? 泣くつもりなのか? 俺は訳が分からずに、教科書をぱたりと落としてしまった。おろおろとうろたえるしかない。チャイムが鳴って、教師が来るとすぐに小テストが始まった。
(何かしたか?)
俺はそんなことばかりを考えてしまって、まったく集中できなかった。結果は採点をするまでもない。昼休み返上が確定していた。
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