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「いらっしゃいませ~」
「ただいまより、お肉がサービスタイムです!」
先輩が、手際よく値引きシールを貼っていく。30円引き、50円引き、100円引き。そこに群がる客をかわし、シールを貼り終わった先輩は、僕に話しかけてきた。
「ふぅ~。で、昨日どうだった? 思いとやらは伝えられたのかい?」
「……無理でした。どうせ僕なんて相手にされませんからね」
我ながら卑屈なセリフだ。これを聞いた先輩は眉をひそめた。
「……お前な。っとと?」
突如、僕たちの前に、大きな、太い男が現れた。2m近くあり、黒のスーツをはちきれそうになりながらも着用している。……明らかにお客様って雰囲気じゃない。
横に相当大きい男なので、僕たちの視界からは、精肉売り場が全く見えなくなった。
「あ、ちょっと横、通りますんで」
先輩が横を抜けようとすると、その男もくっついて移動し、一向に商品売場は見えない。
「あの、ちょっと横を通らせて下さい!」
先輩は語気を荒げながら、バスケの試合よろしく、フェイントをおりまぜ左右に素早く動いた。が、その大男は巨体に似合わない、不気味なほどのスピードで左右に動き、視界を遮った。
ニヤッと大男は、ニキビだらけの顔で笑った。
「優介、ヤバイ、この向こうでは明らかに賊がスティールしてるぞ!」
「け、けど、コイツが!」
大男は腰を落とすと、手を出し、中指を立ててクイクイっと前後に動かした。
それを見て、不敵に笑う先輩。
「命しらずだね、お前さん。好きだよそういうの」
というと、先輩は大男に背を向けると、背中から大男に体当たりした。そのまま脂肪に埋まりつつも、僕に向かってバレーボールのレシーブの構えを取る。
「来い、優介。フォーメーションムーンサルトだ!」
「えぇ? そんな大技自信ないですよ」
「バカ、そんなこといってる、グハ! グッ」
自分の腹にめり込んだ先輩を、大男はニヤニヤしながら殴り始めた。みるみる先輩の顔が血だらけになる。このままじゃ、このままじゃ……。
「うわぁぁ、南無さぁぁん!」
僕は、大男の脂肪の中で苦しんでいる先輩の、レシーブめがけてダッシュした。
「上がれぇ!」
ガシィ! しっかりとレシーブに乗った僕を、先輩は力一杯、上空に飛ばした。同時に僕もレシーブを踏み切った。フォーメーションムーンサルト、それは障害物を上から越えるための、ナカムラ秘伝の二人技であった。
「~~~グッ! 届かないぃぃ」
あ、あと少しの高さまで上がった。あと少し! 僕は苦しみながらも、空中で右足を前に踏み出した。
「なっ、ブッ!?」
顔を踏んだ感触は、意外に硬かった。顔を足場に、僕はもう一度ジャンプした。
「オ、オレを踏み台にした~?」
僕はさらに空中で一回って、売り場へと降り立った。一般客からの歓声があがった。
「あ、お前ら!」
売り場には、同じく黒いスーツを着た男が二人いた。一人は昨日のフランケンほどではないが、ガタイのいい男。もう一人は僕よりも身長の低い小男だった。
その小男は、サンタクロースが背負っていそうな大きな白い袋に、松坂牛、田島牛などの高級肉をつめこんでいる。
「チィ、見られた! 行くぞ、ジェットストリームスティール発動だ!」「おう!」「おうよ!」
返事と共に、小男は走り出した。
「あ、待て! うっ!」
その進路上に、ガタイのいい男が立ちはだかり、そしてシャドーボクシングを始めた。ウェポンなしではとても勝てそうにない相手だ。
「クッ」
「なるほどなぁ! 遮断型一人、離脱型一人、そして強襲型一人ぃ! 理想的なメンバーだぁ! お前ら、有名な『日本の黒い三連星』だなぁ!」
太った男の向こうで、先輩が僕に聞こえるよう、大声で解説してくれた。
「COME ON BOY!」
シャドーボクシングを続けながら、口で挑発してくるガタイ男。
「古川君!」
突如、あきらめた僕の手に、電磁モップが渡った。電磁モップ、正式名称中村式電磁刀。普段はモップとして使っているが、スティール発生時には先の毛の部分の静電気を増幅し、触った瞬間相手を気絶させる接近戦用ウェポンに早変わり。
渡してくれたのは、歩ちゃん……ではなく、同じ精肉部門のパートのおばさん、佐々木さんだった。しかし、これで戦える。僕はモップを構えて、見よう見まねの臨戦態勢をとった。
「い、いくぞ!」
「JESUS!」
形勢が不利になったと思ったガタイ男は、殴りかかってきた。しかし、モップの方がリーチは長い。ガタイ男のパンチと、僕のモップ、先に突き刺さったのは……僕のモップだった。バチバチバチバチッ、とプラズマが走る!
「GAAA! ……S、SHIT……」
ガタイ男は、痙攣しながら崩れ落ちた。
「優介ぇ! 小男を追え! アイツを逃がしたらなんにもならねぇ!」
大男と殴り合ってる先輩が叫んだ。そ、そうだった。けど、あいつは離脱型、今から、僕が追いかけて間に合うのか?
しかし予想に反して、小男の背中はすぐに見えてきた。離脱型にふさわしくない逃げ足の遅さだ、と思ったが、よくよく考えると20kgはあるだろう肉のつまった袋を背負っているのだ、走ってること自体が凄い。
僕に気づかず、必死に前へ前へと進もうとする小男。何か、健気な気すらする。
僕が後ろから恐る恐るモップを伸ばすと、ギャッ、といい、小男はあっさり気絶した。
太った男もいつのまにか先輩に負けていた。こうして僕は、二日連続で大物を捕まえることに成功したのだ。ほとんど何もしていないのに。
※
「それでは、古川君と三森君の輝かしい成功に、カンパ―イ!」
ビールのジョッキ同士が、ゴン、ゴンとぶつかりあう音がする。
「て、あの、僕未成年なんですけど」
「ブレイコーだよブレイコー。さぁ飲んだ飲んだ」
「いいのかな……」
自分の回りをぐるっと見渡してみる。オジサンオバサンお兄さんお姉さん、幅広い年齢の、20人近くの人間がゲラゲラ笑いながら騒いでいる。
僕達が日本の黒い三連星を撃墜した後、僕の二日連続の大物撃墜を祝って、ナカムラの精肉部門の人間が、焼肉屋でのうちあげを開催してくれたのだ。
普段からつきあいのある、パン売り場のメンバーも呼ばれていて、当然歩ちゃんも参加していた。
「優介ぇ、歩ちゃんらって飲んでるら、お前も飲め!」
「エージ先輩、もう酔ってるんですか?」
「誰が酔っとるかい! 自分はシラフであります!」
「酔ってるじゃないですか……。まぁ、いいや。実はお酒って飲んだことなかったし、丁度いいチャンスだ」
グビ、グビ、グビ、グビ。ジョッキのビールはあっという間になくなった。
なんだ、苦い苦いというけど、こんなもんか? おいしいじゃないか。
僕の飲みっぷりに、周りから歓声が上がった。
「いいねぇ~古川君」
「若い奴は、自分の限界を知っとかなくてはイカン。さぁ、ドンドン飲みねぇ」
(程々にしとこう)
心にそう決めて、僕は次のジョッキに手を伸ばした。
―――1時間後。
「ウワァッハッハ」
「お、おい優介。そろそろやめとけ」
無性に楽しかった。何もかもが面白く思えた。
「まだまだいけますよ、せんぱぁ~い! ウワァハッハッハ」
隅田川に飛び込みたい気分だ。
ふと歩ちゃんを見ると、楽しそうに笑っていた。そうだ、告白しなくちゃ。
「え~、皆さん! 私、古川優介は、今日、重大発表がありま~す!」
僕は、おもいきり立ち上がって叫んだ。
「おいおい、優介!? 何をいいだすんだお前?」
先輩が、青ざめた表情で僕を見た。
「見てて下さいエージ先輩!」
「いいぞぉ、重大発表って何だぁ!」
「え~、ゴホン。それでは、重大発表をさせて頂きます! 私、古川優介は……」
僕の言葉を待って、シーンと静まり返る宴会場。
「パン売り場の、滝川歩さんが、好きでありまぁす! イェイ!」
さっきまで大騒ぎだったうちあげの場は、凍りついた。皆、ハトが豆鉄砲をくらったような顔で僕を見ていた。
「いえた……」
無事告白できたと思うと、猛烈に眠くなってきた。
すぅー、と僕の意識は遠のいていった。
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