4

「いらっしゃいませ~」


「ただいまより、お肉がサービスタイムです!」


 先輩が、手際よく値引きシールを貼っていく。30円引き、50円引き、100円引き。そこに群がる客をかわし、シールを貼り終わった先輩は、僕に話しかけてきた。


「ふぅ~。で、昨日どうだった? 思いとやらは伝えられたのかい?」


「……無理でした。どうせ僕なんて相手にされませんからね」


 我ながら卑屈なセリフだ。これを聞いた先輩は眉をひそめた。


「……お前な。っとと?」


 突如、僕たちの前に、大きな、太い男が現れた。2m近くあり、黒のスーツをはちきれそうになりながらも着用している。……明らかにお客様って雰囲気じゃない。


 横に相当大きい男なので、僕たちの視界からは、精肉売り場が全く見えなくなった。 


「あ、ちょっと横、通りますんで」


 先輩が横を抜けようとすると、その男もくっついて移動し、一向に商品売場は見えない。


「あの、ちょっと横を通らせて下さい!」

 

 先輩は語気を荒げながら、バスケの試合よろしく、フェイントをおりまぜ左右に素早く動いた。が、その大男は巨体に似合わない、不気味なほどのスピードで左右に動き、視界を遮った。


 ニヤッと大男は、ニキビだらけの顔で笑った。


「優介、ヤバイ、この向こうでは明らかに賊がスティールしてるぞ!」


「け、けど、コイツが!」


 大男は腰を落とすと、手を出し、中指を立ててクイクイっと前後に動かした。


 それを見て、不敵に笑う先輩。


「命しらずだね、お前さん。好きだよそういうの」


 というと、先輩は大男に背を向けると、背中から大男に体当たりした。そのまま脂肪に埋まりつつも、僕に向かってバレーボールのレシーブの構えを取る。


「来い、優介。フォーメーションムーンサルトだ!」


「えぇ? そんな大技自信ないですよ」


「バカ、そんなこといってる、グハ! グッ」


 自分の腹にめり込んだ先輩を、大男はニヤニヤしながら殴り始めた。みるみる先輩の顔が血だらけになる。このままじゃ、このままじゃ……。


「うわぁぁ、南無さぁぁん!」


 僕は、大男の脂肪の中で苦しんでいる先輩の、レシーブめがけてダッシュした。


「上がれぇ!」


 ガシィ! しっかりとレシーブに乗った僕を、先輩は力一杯、上空に飛ばした。同時に僕もレシーブを踏み切った。フォーメーションムーンサルト、それは障害物を上から越えるための、ナカムラ秘伝の二人技であった。


「~~~グッ! 届かないぃぃ」


 あ、あと少しの高さまで上がった。あと少し! 僕は苦しみながらも、空中で右足を前に踏み出した。


「なっ、ブッ!?」


 顔を踏んだ感触は、意外に硬かった。顔を足場に、僕はもう一度ジャンプした。


「オ、オレを踏み台にした~?」


 僕はさらに空中で一回って、売り場へと降り立った。一般客からの歓声があがった。


「あ、お前ら!」


 売り場には、同じく黒いスーツを着た男が二人いた。一人は昨日のフランケンほどではないが、ガタイのいい男。もう一人は僕よりも身長の低い小男だった。


 その小男は、サンタクロースが背負っていそうな大きな白い袋に、松坂牛、田島牛などの高級肉をつめこんでいる。


「チィ、見られた! 行くぞ、ジェットストリームスティール発動だ!」「おう!」「おうよ!」


 返事と共に、小男は走り出した。


「あ、待て! うっ!」


 その進路上に、ガタイのいい男が立ちはだかり、そしてシャドーボクシングを始めた。ウェポンなしではとても勝てそうにない相手だ。


「クッ」


「なるほどなぁ! 遮断型一人、離脱型一人、そして強襲型一人ぃ! 理想的なメンバーだぁ! お前ら、有名な『日本の黒い三連星』だなぁ!」


 太った男の向こうで、先輩が僕に聞こえるよう、大声で解説してくれた。


「COME ON BOY!」


 シャドーボクシングを続けながら、口で挑発してくるガタイ男。


「古川君!」


 突如、あきらめた僕の手に、電磁モップが渡った。電磁モップ、正式名称中村式電磁刀。普段はモップとして使っているが、スティール発生時には先の毛の部分の静電気を増幅し、触った瞬間相手を気絶させる接近戦用ウェポンに早変わり。

 渡してくれたのは、歩ちゃん……ではなく、同じ精肉部門のパートのおばさん、佐々木さんだった。しかし、これで戦える。僕はモップを構えて、見よう見まねの臨戦態勢をとった。


「い、いくぞ!」


「JESUS!」


 形勢が不利になったと思ったガタイ男は、殴りかかってきた。しかし、モップの方がリーチは長い。ガタイ男のパンチと、僕のモップ、先に突き刺さったのは……僕のモップだった。バチバチバチバチッ、とプラズマが走る!  


「GAAA! ……S、SHIT……」


 ガタイ男は、痙攣しながら崩れ落ちた。


「優介ぇ! 小男を追え! アイツを逃がしたらなんにもならねぇ!」


 大男と殴り合ってる先輩が叫んだ。そ、そうだった。けど、あいつは離脱型、今から、僕が追いかけて間に合うのか?

 

 しかし予想に反して、小男の背中はすぐに見えてきた。離脱型にふさわしくない逃げ足の遅さだ、と思ったが、よくよく考えると20kgはあるだろう肉のつまった袋を背負っているのだ、走ってること自体が凄い。

 僕に気づかず、必死に前へ前へと進もうとする小男。何か、健気な気すらする。


 僕が後ろから恐る恐るモップを伸ばすと、ギャッ、といい、小男はあっさり気絶した。


 太った男もいつのまにか先輩に負けていた。こうして僕は、二日連続で大物を捕まえることに成功したのだ。ほとんど何もしていないのに。


 

「それでは、古川君と三森君の輝かしい成功に、カンパ―イ!」


 ビールのジョッキ同士が、ゴン、ゴンとぶつかりあう音がする。 


「て、あの、僕未成年なんですけど」


「ブレイコーだよブレイコー。さぁ飲んだ飲んだ」


「いいのかな……」


 自分の回りをぐるっと見渡してみる。オジサンオバサンお兄さんお姉さん、幅広い年齢の、20人近くの人間がゲラゲラ笑いながら騒いでいる。


 僕達が日本の黒い三連星を撃墜した後、僕の二日連続の大物撃墜を祝って、ナカムラの精肉部門の人間が、焼肉屋でのうちあげを開催してくれたのだ。


 普段からつきあいのある、パン売り場のメンバーも呼ばれていて、当然歩ちゃんも参加していた。


「優介ぇ、歩ちゃんらって飲んでるら、お前も飲め!」


「エージ先輩、もう酔ってるんですか?」


「誰が酔っとるかい! 自分はシラフであります!」


「酔ってるじゃないですか……。まぁ、いいや。実はお酒って飲んだことなかったし、丁度いいチャンスだ」


 グビ、グビ、グビ、グビ。ジョッキのビールはあっという間になくなった。


 なんだ、苦い苦いというけど、こんなもんか? おいしいじゃないか。


 僕の飲みっぷりに、周りから歓声が上がった。


「いいねぇ~古川君」


「若い奴は、自分の限界を知っとかなくてはイカン。さぁ、ドンドン飲みねぇ」


(程々にしとこう)


 心にそう決めて、僕は次のジョッキに手を伸ばした。



―――1時間後。


「ウワァッハッハ」


「お、おい優介。そろそろやめとけ」


 無性に楽しかった。何もかもが面白く思えた。


「まだまだいけますよ、せんぱぁ~い! ウワァハッハッハ」


 隅田川に飛び込みたい気分だ。


 ふと歩ちゃんを見ると、楽しそうに笑っていた。そうだ、告白しなくちゃ。


「え~、皆さん! 私、古川優介は、今日、重大発表がありま~す!」


 僕は、おもいきり立ち上がって叫んだ。


「おいおい、優介!? 何をいいだすんだお前?」 


 先輩が、青ざめた表情で僕を見た。


「見てて下さいエージ先輩!」


「いいぞぉ、重大発表って何だぁ!」


「え~、ゴホン。それでは、重大発表をさせて頂きます! 私、古川優介は……」


 僕の言葉を待って、シーンと静まり返る宴会場。


「パン売り場の、滝川歩さんが、好きでありまぁす! イェイ!」 


さっきまで大騒ぎだったうちあげの場は、凍りついた。皆、ハトが豆鉄砲をくらったような顔で僕を見ていた。


「いえた……」


 無事告白できたと思うと、猛烈に眠くなってきた。


 すぅー、と僕の意識は遠のいていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る