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「えぇ~、酔っ払った勢いで、僕が滝川さんに告白したぁ? し、しかも」 


「ゴメンナサイ、だとよ。バカヤロー、早まりやがって」


 さすがに、僕は耳を疑った。告白したのは、おぼろげながらに憶えていた。もちろん今の今まで夢だと思っていたが。そして僕の思考は、次の瞬間、この最悪の状況を打開する方法を考えた。いや、しかし、ゴメンナサイといわれたら、どうしようもないのか?


 先輩の話だと、こうだ。


 僕は告白したあと、気絶したが、先輩が肩を貸してくれてたので、皆からは立っているように見えたらしい。そしてそのまま、皆は歩ちゃんの返事を待ったらしい。しかし、歩ちゃんは……「ゴメンナサイ」といって、焼肉屋から出て行ってしまったらしいのだ。


「終わった……何もかもが……」


僕は勤務中だが、精肉売り場の床に、両手をついて崩れ落ちた。


 この店の客は、ちょっとやそっとの店員の奇行には驚かないので、通り過ぎていく。僕は、バイトを辞めるしかないと思っていた。

 

 だけど、事態は予想外の方向に動き出す。


 生肉売り場で値引きシールを貼っている僕の前に、なんと歩ちゃんが現れたのだ。午後6時だから、僕の告白からまだ20時間しか経っていない。歩ちゃんには気まずいとかいう感情はないのだろうか?


「な、なにか用?」


 僕は、平静を装って、そっけなく聞いた。


 歩ちゃんは、ちょっと恥ずかしそうに横を向き、そのまま僕に話しかけてきた。


「古川君。あの、ちょっと話があるんだけど。今日、バイト何時に終わるの?」 


「え? バイトは、今日は8時上がりだけど」


「そう。じゃあ、8時頃にまた来るね。バイトがんばって」


「う、うん」


「三森先輩も頑張って」


「お、おう」


 こ、これは? ひょっとしてよい兆候なのでは?


「なんだ、あの歩ちゃんの態度は? 優介、ひょっとして、仲直りできるかもしれんぞ」 


 僕も内心、そんな気がした。昨日はゴメン、彼女にはなってあげられないけど、友達でいようね、とかいってくれるんじゃないかと思った。


 そして、あっという間に8時はきた。歩ちゃんは……来た。



僕達は、とりあえずファミレスに入った。二人になってから五分近く無言状態が続いていた。


「古川君何か食べる?」


「い、いや、僕はいいよ」


「あ、そう。じゃ、コーヒーひとつ」


「かしこまりました」


 僕は、とにかく謝るしかない、と思っていた。


「昨日はゴメンね」


「え……?」


「いきなり帰ったりして」


「そ、そんな、僕のほうこそ……」


 先に謝ったのは、なんと歩ちゃんだった。


「それでね、今日の話っていうは、誤解を解こうと思ってさ」


「誤解?」


「そ、誤解」


「おまたせいたしました」


 カタン、と歩ちゃんの前にコーヒーカップが置かれる。


「ごゆっくりどうぞ」


 歩ちゃんはコーヒーを少し口に含み、そして再び喋りだした。


「昨日ゴメンナサイっていったでしょ?」


「あ……う、うん」


 僕は直接その言葉を聞いてはいなかったが、頷いた。あらためて直接聞くと、結構ショックだ。


「私にはそんなつもりなかったんだけど、あの状況じゃそう思われるよね」


「え? どういうこと?」


 あの状況? そんなつもりはなかった? 何をいってるんだ?


「だから、あのゴメンナサイっていうのは。ゴメンナサイ、今は返事できない、帰りますって意味で……皆が思ってるような意味のゴメンナサイとは違うんだよね」


「え? え?」


「で、昨日一晩考えたんだけどね」


 歩ちゃんは再びコーヒーを少し口に含んだ。そして一息ついていう。


「古川君さえよければ、アタシは別に……」


 恋愛経験の乏しい僕にも、歩ちゃんのいわんとすることは理解できた。つまり、僕とつきあってもいいよ、ということだろう。しかし、それを素直に受け取るだけの、自分に対する自信など、僕にはどこにもなかった。


「アハハ、またまた」


「え?」


「滝川さんが、僕とつきあってもいいなんて、いうわけないじゃないか」


 歩ちゃんは、意味が分からないという顔をした。


「どういう意味?」


「冗談なんでしょ? それで、後から皆で笑いものにするとか。違う?」


 僕は、ひきつった笑いを浮かべながら、歩ちゃんの反応を待った。


「……」


 反応は返ってこない。この間に耐えられず、僕はさらに続けた。


「あ、やっぱり図星だったんだ。アハハ、僕はちゃんと分をわきまえる人間なんだ、残念だったね滝川さん?」


 ぺチッ、という音が鳴ったかと思うと、僕の顔は右に向いていた。それほど痛くはなかったが、ビンタをくらったのだと理解した。


「バカじゃないのアンタ! そうやって一生自分を見下してればいいわ!」


 バンッ! と500円玉をテーブルに置いて、歩ちゃんはファミレスを出て行った。


「……なんだよ、ビンタしやがった。とんだ暴力女だな」


 僕は呆然と歩ちゃんが出て行くのを見ながら、心にもない言葉を呟いていた。

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