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「はぁ、結局1発も狙ったところにいかなかったんだよな。ふぅ~う」
僕は、20時2分にタイムカードを押し、着替え、挨拶を済まし、ナカムラを後にした。時間も時間だけに、入り口前の駐輪場に止まっている自転車の数はまばらだ。
「何で僕ってこうなんだろう? はぁ~」
もう十一月も半ば、ため息は吐いた瞬間、白い息へと変わる。
僕はいつも通り、どっぷり自己嫌悪に浸っていた。
嫌悪するのは自信を持てない自分。容姿、仕事、人間関係、全てにおいて僕は自身が持てなかった。ようするに暗い性格ってことか。……はぁ~。
まず自分が人より劣っていると強く感じさせられたのは、小学校に入学してしばらく経った頃だった。
両親が営む定職屋が今にも潰れそうなことを肴に、からかわれたのだ。
あれから10年、僕は高校生二年生になったが、未だに定食屋『五郎』はしぶとくもちこたえていた。
昔は、自分がからかわれる原因を作った親がどうしようもなく憎かった。さんざん、何でウチだけが貧乏なんだ! と詰め寄った。けど、今は僕なりにその苦労を理解し、バイトをして家計を助けている。ただ誤算だったのは、一番近所だから入ったバイトに、あんなふざけた新システムが導入されたことだった。
もうひとつ、僕が人より劣っていると感じさせられている最大の原因……それは顔に対するコンプレックスだ。
右目から口の右端に向かって、弧を描きながら点在する『3つのホクロ』。
まるで涙を流しているように見えることから、小学校入学から中学一年頃まで『泣きむし優介』略して『泣っきー』と呼ばれるハメになったのだ。
あいつらは、冗談のつもりだったろうけど、僕には後遺症が残ってしまった。
例えば授業中、先生に当てられ、立って教科書を朗読するとき。
恐らく、だれも僕のことなど気にしていないだろう。だけど僕は、自分のこのホクロが視線を集め、今にも笑われているようなイメージを受けてしまう。
(ねぇ、見て古川君の顔)
(プッ! なにあのホクロ、泣いてるみたい)
(クスクス)
この幻聴を、何百回も僕は聞いた。
最近は誰も泣きむし優介とはいわないけど、僕は常にこの顔を意識してしまい、自身が持てなかった。
「な~に暗くなってんだ、今日のヒーローが!」
突然、パン! と背中がはたかれた。
「あ、エージ先輩」
そこにいたのは、同じく食品部門でバイトしている先輩、三森栄治だった。
年は二十歳で大学2年、176cmの長身で、きれいに鼻筋の通った、絵に描いたような色男。仕事もこなし、そして常に自信と余裕を持って行動するエージ先輩は、僕にとって見習うべき先輩だった。
「心の準備はできたか?」
といいつつ、先輩は僕の首に右腕を回し、気安く肩を組んできた。いつものことだ。
「何の心の準備ですか?」
? 本当に分からなかった。すると。ポカッと僕の後頭部がこづかれた。
「あいた! 何するんですか?」
「大物を捕らえたら、その勢いで告白、だろうが」
「あ~、それか。ダメですよ今日は。僕は自分のダメさ加減を、部屋に閉じこもって徹底的に責めるんです。ウジウジウジウジとね。ということで――?」
「おまたせっ!」
パシッ! 背中が再びはたかれた。まさか? 脳裏にある人物が浮かび上がる。振り返ると、そこにいたのは――
健康的で、明るい性格だと一目で感じさせる、黒髪のショートヘアーの少女。気の強そうな顔だが、朗らかに笑っている今の顔は、人好きされる、愛らしい顔だ。
そう、この少女こそ、僕をこの店に留まらせている……脳裏に浮かんだ意中の人、ショッピングセンターナカムラのパン売り場の看板娘、滝川歩だった。僕と同じ高校2年生で、僕は普段滝川さんと呼ぶ。頭の中ではもちろん歩ちゃんと呼んでいた。
「あ、た、滝川さん? ……先輩、まさか?」
「ああ、誘っておいてやったぞ」
それを聞いた瞬間、僕の頭に血が昇った!
このデリカシーのない先輩の行動に腹を立てた僕は、野獣の如く先輩の首に掴みかかり、前後に激しく揺さぶった。
「何勝手なことしてるんですか! 嫌です、僕は帰りますよ!」
「ガフッ!? オ、ヂ、ヅ、ゲ!」
「ええ? 古川君帰るの? 今日の主役は古川君でしょ、アタシと栄治先輩だけでご飯行くの?」
「え? ご飯? え?」
強制告白じゃない? 僕は、とりあえず首から手を離した。
「ゴホゴホ……そうだよ、全く。3人でお前の大物獲得を祝って、メシでも行こうと思ったんだよ、早とちりしやがって。いいたいことがあるなら、メシを食い終わった後にいうんだな」
軽く咳き込みながら、先輩はニヤッと意地悪そうに笑った。
「何ボソボソやってるの? 古川君、行くんでしょ!」
「は、はい」
いきなり、予想外の展開だ。もはや自己嫌悪などしてる場合ではなかった。
※
「んじゃ、オレちょっと寄っていく所あるから」
食事を終え、店から出た途端、先輩はサラッとそういった。瞬く間に、僕の血の気は引いていく。
「え? ちょっと先輩? そ、そんな」
唐突なその申し出に、僕はすがるような目で精一杯、「行かないでくれ!」という合図を送った。しかし先輩は、苦笑して僕から目をそらしただけだった。
「どこ行くんですか、三森先輩」
歩ちゃんは、先輩の発言にさほど驚いていない。ニコニコしたまま聞いた。
「ん~、まぁ、ちょっと君達にはついてきて欲しくない場所かな?」
「うわぁ、なんかヤラシイ~。彼女ですか?」
「まぁ、そんなところだ。優介、ちゃんと送って行ってやれよ」
「はぁ。分かりました……」
これは……チャンスなのか?
いや、落ち着け。ここで暴走して何になるっていうんだ? せっかく仲良くなれるかもしれないのに。いやしかし、A級の賊を撃退して、僕の評価は歩ちゃんの中でうなぎのぼりのハズ。しかも、食事直後で脳は幸福な状態。だいたい、僕と歩ちゃんが二人きりで歩くなんて、未来永劫金輪際永久に二度とないかもしれない。僕の思いを打ち明けるのは、今日なのか? いやしかし、いや、だが。
「じゃあね、歩ちゃん。優介も」
僕は無限にループする妄想ワールドから、先輩の挨拶で現実に引き戻された。
「サヨナラ三森先輩、またおごって下さいね」
「ハハハ、気が向いたらね」
そういうと、先輩は僕に意味ありげな視線を送ってから、去っていった。
(上手くやれよ、ってことだろうな。……いわれなくても)
「じゃ、行こ、古川君。ちゃんとエスコートしてね」
「は、はい」
僕は一緒に歩きながら、横目であらためて彼女を見た。
身長はいっしょぐらいだから、170cmぐらいかな? やはりお腹一杯になって幸せなのか、いつも以上に白い歯が覗けた。やはり……カワイイ。けど、見た目なんかどうでもいい! いや、カワイイほうがそりゃいいけどさ。とにかく、歩ちゃんの一番の魅力は、断固あの人間性なのだ。
明るく活発な性格で、どのグループにいても、いつのまにか輪の中心にいる。そして老若男女、分け隔てなく接する彼女は、こんな僕にも気さくに話しかけてきてくれた。
「古川君て、大学行くの?」
ふと、歩ちゃんが口を開いた。僕は必死に脳内コンピューターを起動し、ベストな返事を検索した。
「え、と、う~ん、まだ決めてないかな」
「そっかぁ。まだ、高校二年生だもんね」
「そ、そうだよね」
沈黙。
「ねぇねぇ、なんでナカムラに入ったの? やっぱり近いから?」
「うん、そう」
「そうだよね。アタシもなんだ。いまや、あんなバイトになっちゃったけどね。アハハ」
「ハハ」
沈黙。
「そういえば、パートの三浦さんて、不倫してるらしいよ」
「へぇ~」
沈黙。
こ、これで会話は成り立ってるんだろうか? 明らかに、普通の会話より短い気がする。質問の受け答えを間違えたか?
ん、いや、しかし楽しそうな顔をしている。上手くいってるってことなのか? 雰囲気は良好、こうなりゃ玉砕覚悟でやってやる!
「た、滝川さんてぇ! その、ほら、彼氏とかいるの?」
う、我ながら下手な牽制だ、バレたか!? いきなりの質問に、歩ちゃんはビックリして数秒固まった。しかしすこし経つと、僕の目を見て
「いないよ。いたらこんなに毎日バイトこないよ」
と冗談ぽく、笑いながら応えてくれた。と、いうことは、だ。
「な、なら。その、あれです。ぼ、僕と」
「え、なぁに?」
「ぼぼぼ、ぼく、ぼ」
「?」
「僕と、僕と」
「うん」
僕と……つきあってくれるなんて、そんなことあり得るんだろうか?
ふと、僕は冷静に考えてしまった。そしてその迷いの瞬間を見逃さず、僕の脳裏にいつもの幻聴がこだました。
【プッ! なにあのホクロ、泣いてるみたい】
【クスクス】
「古川君?」
……そうだよな。危なく暴走するところだった。分をわきまえなくっちゃ。
「ハハハハ」
「な、何? どうしたの?」
「いや、なんでもないんだ。そういえば、パートの三浦さんが不倫してるんだって? 詳しく聞きたいなぁ、アハハ」
「……」
う!? そ、その目は?
歩ちゃんは、かつてみせたことのないような、冷たい目で僕を見た。
「えーっとね。三浦さんはね」
しかし、次の瞬間には、何事もなかったかのように、いつもの明るい歩ちゃんに戻っていた。
結局、この日は何もいえなかった。
僕は自分の情けなさを再確認し、再び自己嫌悪モードに入った。
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