魔女アミー

「ちょっと何なのよ!!!」


 アミーは焦っていた。

 久しぶりに地上に召喚されたと思ったら、あろう事か72柱の悪魔ゴェティア全員で召喚される大大大々大召喚!!!。

 召喚主は地上界でも滅ぼすのかと訝しんでいたのも束の間、何処を見渡してもその召喚主が居ない。


 地獄の王や侯爵、伯爵等の高貴な身分の集まり。

 それが72柱の悪魔ゴェティアだ。

 72柱の悪魔ゴェティアには一切の忖度など無く、地獄のルールである『力こそが正義』、故にその序列は地獄界での力の序列をそのまま表している。

 簡単に言うと地獄界における力が強い悪魔が上から順番に72体召喚されたのだ。

 普通なら絶対に有り得ない。

 だが実際に召喚は成った。

 にも拘わらず召喚主はおらず、契約は無し、勿論叶えるべく願いも無い。

 地獄の盟主であるあの御方はそれはもう恐ろしく嗤い、王の方々もぶち切れて好きに動くとおっしゃられていた。

 恐らく召喚者を捕まえて生きたまま生皮を剥ぎ剥いだ所から再生させて更にまた生皮を剥ぐとかするのだろう。


 我々悪魔は非常に面子を大事にしている。

 それはもう本当に。

 その悪魔が召喚されたにも拘わらず、願いも聴くことも叶わず袖にされたのだ。

 それも――――地獄の王率いる72柱の悪魔ゴェティア全員を、だ。

 アモン殿など珍しく激昂しておられた。


 72柱の悪魔ゴェティアでも、序列が低いアタシ。

 魔女で悪魔、悪魔で魔女。

 先遣隊としてこの世界を観察、調査がアタシの役目。

 多くの使い魔を操り幾千の目で、耳で世界を観る。

 それがアタシ、千の炎の魔女アミー。

 その異名通りアタシは幾千の目を通じて現世を観察していた。

 勿論全ては王たるあの御方の為。

 

 現世の観察を始めて僅か5分、アタシは出逢ってしまったのだあの星形の悪魔ヒトデに。

 アイツはアタイの使い魔を見るとむっくり立上りあろう事かファイティングポーズを取ったのだ。

 つぶらな瞳で此方を見つめるヒトデ。

 何故こんな所にヒトデがと?恐ろしいまでの違和感を感じながらアタイは使い魔に観察を命じた。


 命じた使い魔は黒猫ロデム。

 使い魔の中でも最古参の使い魔。

 アタイがまだ72柱の悪魔ゴェティアになる前からアタイに使えてくれている使い魔だった。

 アタイが全幅の信頼を置くロデム。



 それが――――

 何だかよく分からないうちにヒトデが目から光線を放出したかと思うと全てが塵芥になったのだ。



「ロデム………」


 アタイの頭の中にロデムとの思い出が溢れ出す。


 初めて会った時のロデムは綺麗な毛並みの黒猫だった。

 気位が高いのかアタイが触ろうとしたらまるで『気安く触るんじゃ無いよ』って言ってるみたいにふわりとアタイの手を躱したんだ。

 艶やかな毛並みとプライドの高さにアタイが惚れて何とか使い魔にしようとあの手この手を試みた。


 なかなか懐かない黒猫に餌付けする事90日。

 高級ミミズの干物、新鮮な蛙の臓物、ありとあらゆる高級食材を与えてやっとの事で使い魔としロデムと名付けてからは数百年かけて変身魔術を覚え込ませ、潜伏、鑑定などの諜報に長けた使い魔として重宝していたのだ。


 それをいきなり訳の分らない海洋生物ヒトデに消し飛ばされたのだ。

 ロデムの事を愛していたのかと言われればアニーには分らなかった。

 ただ寝食を共にし、五感の内、視覚、嗅覚、聴覚まで共有出来る迄になっていたのだ。

 もはやロデムは、アニーにとって只の使い魔では無かった。

 家族と言っても良かったかも知れない。

 只、アニーは魔女として生まれ魔女として育ってきた。

 良く勘違いされるが魔女は元来魔女なのである。

 人が魔女に成る――――等と言うお伽噺は、無い。

 魔女というのは霧と同じ。

 何も無いところから生まれるのだ。

 そして幾千年と漂い続けた魔女という概念が受肉し形になった。

 それが正しく魔女アニーという存在だった。

 だから家族と言う物をアニーは知らない。

 

 

 今のアニーの胸を占める想いは召喚主への苛つきや地獄の盟主への羨望、等では無く喪失感。

 ただ胸にぽっかりと空いた空隙。

 その空隙を埋める様に沸き上がるのは――――怒り。


 魔女として生を受け千年を超えた辺りで、力を求め炎の精霊を喰らった事からアニーは悪魔へと墜ちる事となった。

 炎の魔女アニー、彼の者は炎と欺瞞、悪意を司る悪魔。

 72柱の悪魔ゴェティアが一人、地獄の女大総裁。

 特技は情報の収集と流布、あと燃やすこと。

 

「お前の仇はアタイがきっちり取ってきてやるからね!!!」

 


 アニーの言葉と共に、背後から吹き出す獄炎。

 獄炎は天を焦がす勢いで燃え盛っていた。



 

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