第35話

「んで? どこにいるんだ?」

「ニャ? こちらから会いに行くのは、無理ニャ」

「は?」

 鳥の巣箱みたいな小さな社から出ようとしないオロに、しびれを切らして尋ねた結果、唖然とさせられる。

「ああ。詳しく話していませんでしたね」

 ポカンとなっていると、ユグドが助け舟を出してくれた。

「ん?」

「バアリール様は、非常に気まぐれな方なので、定住場所がないのですよ。それこそ、風のようにフラフラと動き回るので、直属の眷属様くらいしか、居場所を把握しておられないのです」

「そうなのニャ。昔は、我らも直接やり取りさせていただくこともあったのですが、最近は魔物の索敵という仕事を任されていることもあって、眷属様としかやり取りを行っていないのニャ。今、この地域を担当されている眷属様に連絡をしているので、待って欲しいのニャ」

 そういうことね。と、納得した後、どのくらい待つのかな? と、思案に耽る間もなく、それはやってきた。

「お待たせ致しました。ユグド様。それと、お初にお目にかかりますコウ様。わたくし、バアリール様の眷属として、このエリアの守護を任されておりますヴァルトと申します」

 オロの話が終わるかどうかというタイミングで、背後から声をかけられてしまった。どこで見張ってたんだよ、って早さだ。

 しかし、これが、彼らのスタンダードなのだろう。そうでなければ、俺達がモンスターを発見してたどり着く前に仕事を終えて消えてしまうスピード解決の精度は出せない。

「わかっちゃいたけど、早いな」

 ヴァルトと名乗った眷属は、今まで何度も目撃した完全武装の姿だった。

 フルプレートの全身鎧のせいで顔も体つきも不明だ。ただ、声から察するに、男性と思われる。そして、見上げる角度から推察するに、身長は2.5メートルといったところか。体つきは不明といったものの、がっしりとした筋肉質な雰囲気は隠せていない。

 基本的に、HP、MP、STR、VITを上げに上げ、脳筋スタイルでゴリ押しするのが手っ取り早い討伐方法なのは、この世界も同じようだ。

 からめ手や特殊攻撃を行ってくるモンスターも、モブモンスターには余りいない。それに、モンスター発生の仕組み上、高位のモンスターが出現する可能性も低いはずなので、スキルや魔法を磨く必要もあまりないのだろう。

 とはいえ、スキルは武器の使用回数などで取得する条件を満たすはずなので、同じ武器を使い続けているのなら、かなりの高位スキルも有していると考えて間違いないと思われる。ま、眷属に、そんな成長システムが適用されてるのかは、怪しいところだけど。

「お久しぶりです、ヴァルト様。お忙しいところ、ありがとうございます」

 俺がヴァルトのことを考察していると、ユグドが事情を説明してくれた。

 どうやら、互いに互いを敬っている雰囲気だ。基本的に、ユグドの方が格上なのだろうが、この腰の低さは、ユグドの性格によるものっぽい。


「何と!? 御父上が直々に招へいされた方でしたか。そういうことでしたら、バアリール様の所にご案内するよりも、バアリール様をお呼びした方が良いかもしれませんね」

「え? いや、そんな気を使ってもらわなくても良いんだが?」

「ああ、いえ。その……。申し上げにくいのですが、バアリール様は少し、あれでして……」

 見るからに屈強な戦士が、しどろもどろになってしまっている。

「あれでして?」

 こてりと首を傾げると、そっとユグドが耳打ちしてきた。

「バアリール様が頻繁に居を変えられるのは、気まぐれなだけが理由ではないのですよ。その……。片づけがお嫌いな方なので、掃除するくらいなら新居に移った方が手っ取り早いというのも理由のひとつなのです」

 ユグドの説明を聞いて、思わず、ジト目をヴァルトに向けてしまった。

「いえっ! 非常にお忙しい方なので、雑務に手を煩わせる時間がないだけなのです! 決して、杜撰な方ではないのですよ!?」

 事務所を使い捨てしてるってことか。さすが、神。やることが雑だな。

 ヴァルトがバアリールを呼ぶと言ってるのは、俺に彼女の汚部屋を見せるわけにはいかないという配慮、というわけか。

「はあ……。わかったよ。ここに呼びつけるのも失礼だろうから、そうだな……。ダークエルフの里にでも呼んでもらうか?」

 俺も拠点を持っているわけではない。

 この大陸で、もてなしをできそうな場所の心当たりも、あそこしかない。

「はっ! かしこまりました。すぐに」

「待った!」

「は?」

 即座にバアリールを連れてきそうな勢いのヴァルトを制止する。

「こちらにも準備が必要だろうから、急がなくていいぞ。3日後、で、どうだろう?」

 このくらいあれば、ダークエルフの里にも迷惑はかかるまい。まあ、準備するのは俺じゃなくて、ダークエルフ達なんだけど。俺も、あれこれ考えをまとめる時間が作れるのなら、余裕があって困ることもない。

「そういうことでしたら、そのようにお伝えします。お返事は、ダークエルフの里にお届けすればよろしいでしょうか?」

「そうだな。可能であれば、バアリールの前にヴァルトとも話がしたいから、直接来てくれるとありがたい。それとも、このエリアから離れるのはマズいか?」

「いえ。常日頃、魔物退治は怠っておりませんので、他の眷属にカバーしてもらえば問題ありません」

「なら、頼む」

 ヴァルト以外の眷属の話も聞いてみたいが、あまり最初から無理をさせては、嫌がられてしまうかもしれないので、最小限に留めておくべきだろう。


 こうして、俺たちは、ヴァルトを見送った後、ダークエルフの里に向かうことになるのだった。


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