第30話

「ようこそお越しくださいました。わたくし、この里の長をさせていただいております、ミコと申します。コウ様のなさろうとしていること、マサナガより聞いております。我ら一族、古の教えに従い、コウ様にお仕えしたいと考えております」

 隠れ里の長、ミコは正座をし、頭を下げたまま、挨拶と同時に従属の意志も示してきた。ずいぶん性急だとも思ったが、回りくどいのは面倒なので、ありがたい。

 ハナレの里もそうだったが、隠れ里も、純和風といった趣だ。木造平屋の家屋。ふすまに障子、畳に囲炉裏。ただ、隠れ里の家の大きな違いは、ミコの住まう神殿のような館だけは瓦屋根が使われているものの、他の家の屋根はカモフラージュなのか、土が盛られ、植物を生やしている。

 遠目からだと、ここに里があることもわからないだろう。

 ただ、回りが自然に溶け込んでいるせいで、かえって神殿が浮いてしまっているようにも思えた。

「面を上げてください。コウ様も、あまり気を使われるのは好まない方ですよ」

 俺が対応に困っていると、ユグドが助け舟を出してくれた。グッジョブだ。

「ありがとうございます。それでは、ご厚意に甘えまして」

 ミコは、スッと頭を上げた。

 年齢不詳だが、少なくとも俺よりは若い女性。かなりの美人さんだ。日本人的な雰囲気と言うよりも、オリエンタルな、という感じの方が強いだろうか。

「古の教えっていうのは、予知のことかい?」

「はい。6代前の長の予知により、世界が堕落に飲み込まれた時、知恵と知識の神が現れ、魔王を誕生させる。その時、世界の再生に助力できるよう、自制と自立を持って鍛錬を怠ることなかれ、と。正直、なぜ、神が魔王を誕生させるのか、全く理解できなかったのですが……」

「俺が現れた、と?」

「あ、いえ。実は、わたくしも、新たな予知を得たのです。世界が魔物に覆われ、我が里の者が指導者となって村々を守る姿を。その光景は、凄惨なものですが、誰もが生きようと強く願っておりました。コウ様は、限りある命を、魔王というわかりやすいシンボルを作ることで、使命を持って散らせるために、精一杯輝かせようとしておられるのですね」

 ミコの言葉に、その場に集まっていた隠れ里の者だけでなく、ユグドとソロリも感心したように頷いていた。


 ……が。


「え? 何それ? 怖い怖い怖い」

 間違った理解ではないけど、間違った方向性だ。

 しかし、俺の態度にギョッとした視線を向けてきたのは、ミコだけではなかった。しばらく一緒に行動していたユグドとソロリも同様の反応だ。

 あれ? ちゃんと説明したつもりなんだけどな?

 いや。してないか?

 どうだっけな?

「あー。俺が目指したいのは、最終的には、誰もが遊んで暮らせる世界なんだよ」

 この発言に、向けられる視線は更に丸くなる。

「どういうことなのでしょうか? 我々神が過保護すぎて、自立心のなくなってしまった人族を正しい道に戻すためではなかったのでしょうか? 今も、遊んで暮らしていますよ?」

 代表して、ユグドが口を開いた。

「遊んで暮らしてるように、見えたのか……」

「違うのですか?」

「そもそも、この世界には、娯楽が少なすぎるんだよ。今の世界はさ、娯楽を見つける努力すら怠ってる。それが嫌なんだ」

 俺は、ゲームクリエイター。遊びを生み出すことを生業にしてきた。それは、自分が楽しかったからだし、誰かを楽しませたかったから。

 でも、娯楽は、ゲームだけじゃない。

 小説や音楽、映画にスポーツ。色んな楽しみに溢れている。

 ……はずなのに、この世界の住人は、食事以外の娯楽をほとんど持っていない。エルフがフィギュアを作っていたのは、マシな方だ。

 しかし、もっと多様性が必要だ。

「娯楽を与えることはしたくない。自分達で生み出して欲しいんだ。娯楽を生み出し、楽しむために働いて欲しいとも思っている。そうするためには、今の世界じゃ、難しいだろうな、というわけなんだ」

 俺の言葉に、この場の全員が無言のまま視線だけを向けてくる。

 その表情からは、驚き以外のものはあまり感じ取れない。もしかしたら、理解が追いついていないといった方が的確かもしれない。

「うん。要はさ。この世界を、人族全員が、もっと楽しんでもらいたい、ってことなんだ。俺達がこれからやるのは、その基礎を作ること」

「そのために魔王を誕生させる、ということですか?」

「創造の前には、破壊が必要だからね。まあ、というのは建前で、神をシステムから追い出す口実に使いたいだけなんだ。神にいつでも手を貸してもらえる状況と、神の恩恵を授かるためには魔王を退治しないといけない状況だと、どっちが本気になるか? って、話だ」

「この世界を、もっと楽しむ……」

 俺の言葉を飲み込んだところで、ミコはポツリとつぶやいた。

 そうかと思ったら、穏やかな笑みを浮かべていた。

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