第29話
ガラックが気持ちを切り替え、出てくるのを待って、マサユキに頼んでハナレに戻ることにした。
ガラックの工房からヴェルクヴェルクに向かうのに数日使った程度だったので、久しぶりという感覚もない。
「ほお。これが、ハナレの里か。来るのは初めてじゃ」
ガラックの食事は、ハナレの者に頼っていたらしい。日常の世話をしてもらうかわりに、道具は無償で提供していたようである。
簡単な道具だけなら、ハナレの職人でもある程度賄えるのだが、農耕具や武器防具までとなると、ガラックほどの品質の物をそろえるのは、難しいようである。ハナレも、モンスターに襲われることは滅多にないそうだが、それでも自衛のために気を抜くつもりはないようだ。
さらに、隠れ里で修業に励む者にも、ガラックの装備品は重宝されているようである。
ただ、「ワシに頼まんでも、神に頼めば何とでもなるじゃろうに」と、不思議そうではあった。それは、俺も同意する。世界の情勢を把握しているのだから、システムに疎いということもない。むしろ、上手く活用できる立場だったはずである。
「それは、御館様の予知によるものと伝え聞いております」
「予知?」
マサユキの言葉に、興味を引かれる。
「はい。実は、隠れ里の長は、代々予知の能力を持っておりまして、コウ様が現れることは予言されていたのですよ」
「それで、自給自足の生活を守っていた、ってこと?」
マサナガが、妙に呑み込みが早かったわけだ。
「そのように教わっております。ただ、予言がなされたのは、何代も前の御館様の予知ですので、近年では、疑念を持つ者も増えておりました」
おっと。時期が悪ければ、忍びの里はなくなっていたかもしれなかったのか。しかし、ずいぶん優秀な予知能力を持ってるもんだな。俺どころか、緑山さんすらこうなることなんか、考えてもいなかったっていうのに……。
まあ、あの人の場合、バグと言い張ってるだけの可能性も否定できないが。
ハナレに戻ると、マサユキの元に伝言が届いていた。
「父からの伝言では、隠れ里にお越しいただきたいとのことです。本来、こちらからコウ様の元に足を運ぶべきなのですが、よろしいでしょうか?」
「いや。俺も、隠れ里には興味がある。お邪魔させてもらうよ。ところで、ユグドは問題ないだろうけど、ソロリとガラックも一緒に行って、大丈夫かな?」
忍びの一族の隠れ里である。余所者が歓迎されるとは、あまり思えない。
「本来であれば、ご遠慮願いたいところですが、御館様の許可も出ているようです。ソロリ殿とガラック殿も含めて、歓迎するとのことです」
それならと、休息もそこそこに、マサユキに連れられ、隠れ里へと転移することになった。
忍びの隠れ里がある位置は、把握している。
闇の大陸のとあるエリア。その一角にある山の奥地に、仕掛けを施し、隠れ住んでいる。ただ、来る者は情け容赦なく排除するというわけではなく、知恵ある者には、門戸が開かれる設定だ。
もちろん、これはGreenhorn-onlineのゲーム内設定の話なのだが、マサユキの話だと、大きくは違わないようである。
「コウ様のおっしゃる冒険者は、見たことも聞いたこともありませんので、私が知る限り、隠れ里に外の者が訪れたことは、数百年ないのではないでしょうか?」
未知を探し、命を懸けて世界の謎を解き明かすなんぞ、やる意味ないもんな。
いや? 身の安全が確保されてるんだから、冒険に出かける者がいない方が不思議な気もするぞ? そんなに保身的な思考が根強いのか? それに、冒険でなくとも、旅行くらいなら気軽にできそうなものなのだが、そういった風潮もなさそうだ。この辺の感覚が、未だ肌に浸透してこない部分である。
自分の知っている世界と、この世界との乖離。大きい部分もあれば、小さい部分のある。それは、当然だ。しかし、なかなかに厄介な部分である。
マサユキは、到着を知らせるために、里の門番の所に向かっている。
案内されるまで、周囲を見回す。
確か、ここはカルデラ地帯で、中央にカルデラ湖があったはずだが、木立に邪魔され見通すことはできない。ただ、周囲をぐるりと山に囲まれているところを見ると、俺の知っている場所で間違いないだろう。
隠れ里の規模は、想像よりも大きかったが、おおむね予想通りである。
違いは、カルデラ地帯全体が、アスレチックコースような修行場になっていることだろうか。
「お待たせしました。すぐにご案内できるようです」
マサユキが戻ってくると、すぐに長の所まで案内してもらえることになった。
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