第27話

「私たちは、ここで待つことにします」

 複雑な仕掛けによって、左右に開かれた壁の奥に、今度こそ扉が現れたところで、ソロリが告げていた。隣のマサユキも無言のまま頷いている。

 ふたりとも、この先にあるのが、ドワーフにとって神聖な場所であることを、肌で感じ取ったのだろう。こういう、何も言わずに慮ってくれるところは、素直に称賛したい部分だ。

「それなら、ワシもここに入るわけにはいかんのぅ」

 ふたりの態度に、ガラックがふと足を止めてしまった。

「ん? いや、ソロリとマサユキは待つのが正しいだろうが、ガラックは良いんじゃないか? ってか、むしろ、一番入らないとダメだろ」

「ワシは、王子ではあっても王じゃないぞ? 世襲制になったとはいえ、長男でもないから、後継者としても順位は高くない」

「いやいや。あの場にいた兄弟見ただろ? 親父さんと大差なかったじゃないか。今、この国で、最高の職人は、ガラック殿で間違いないさ。それに、ここに残ってるものの所有者は、アンタなんだ。もしも、この中にあるのが、職人の知恵や知識だったら、受け継ぐのはアンタしかいないだろ?」

「うーむ。そうは言ってもなあ」

 どうにも負けず嫌いのドワーフにあって、ガラックは自己評価の低い人物であるらしい。まあ、たぶん、この劣等感があったからこそ、あの場所でひとり、職人として生きてこられたんだろうけど。

 俺とユグドで説得してみたが、頑として態度を変えてくれなかった。

 仕方がないので、俺とユグドのふたりで中に入ることにした。

 ……の、だが。

「開かねえ」

 シンプルな観音扉で、カギもない。取っ手もないので、押せば開くはずなのだが、ビクともしないのだ。

 ユグドとふたりして押してみると、ちょっとだけ動いた。

 やはり、合言葉みたいな仕掛けがあるわけでも、錆び付いているとか、隠されたカギがあるとかでもないらしい。

「ガラックぅ。開けるの手伝ってえ。これ、STRどうこうじゃなくて、筋力ないと無理っぽい」

 ユグドは俺と違ってちゃんとした神なので、STRはそれなりにある。であるにもかかわらず力が足りないということは、筋力が必要ということだろう。

「なんじゃと? なんで、そんな面倒な仕掛けにしとるんじゃ? いや、よくよく見てみたら、扉にルーン文字が刻まれとるな。STRに反応して過重されるようになっとる。盗人対策かの?」

 俺の言葉に、ガラックも渋々手を貸してくれた。

 予想通り、STR頼りの腕力では、開けることはできない仕掛けらしい。

「なるほど。一流の職人だったら、このくらいは開けられて当然、ってことかもな」

 俺とユグドがふたりして押しても、全く歯が立たなかったというのに、ガラックがやってみると、するりと扉は押し開けられた。それなりに力んではいたが、どっこいしょ、といった程度である。

「ははは……。少なくとも、ここを開けられる程度には、認められてる証拠じゃないか」

「ふん。このくらい、並の職人でも朝飯前じゃい」

 こうして、不本意ながら書庫の中に足を踏み入れることになったガラックだったが、そこで目にしたものを前に、動きを止めてしまった。

「「これは……」」

 続いて入った俺とユグドも、そろって瞠目してしまった。

 ここに、何があるのかは、知らされていなかった。ただ、書庫という名だったので、貴重な本、職人の技術や知識が蓄えられているものだとばかり思っていた。

 しかし、全く違った。


 何も、なかったのだ。


 あるのは、ただひとつ。

 入ってすぐ、正面に飾られていた石版だけ。

 そこに刻まれた言葉だけ。

『鍛冶場で石に向き合うように、国民に向き合うべし。職人の誇りを失うべからず。失えば、国も失うと肝に銘じよ』

 仄かに光を残す発光石に照らされた中に浮かび上がった文字を目で追い、ガラックは複雑な笑みを浮かべた。

「そうか……。親父殿は、これを見とらんのか……」

 彼の声は、ひどく寂しそうだった。

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