第26話
「どうしますか? すぐに旧ヴェルクヴェルクの王宮に戻りますか?」
ガラックが積極的に手伝ってくれることになったところで、ユグドは問いかけてきた。
なぜに地下に戻る必要があるのかというと、本来の目的であった書庫が、地下の王宮に残されたままだということが判明したからだった。
「ワシも、変じゃとは思っとったんじゃ」
100年前、ガラックが前回父親の元に顔を出したのは、戴冠式の時だったらしい。
先代の国王は、ガラックの祖父であるが、ドワーフの王は血統を重視しない。国王が崩御した時、もっとも腕の良い職人が次代の王となるからだ。
ただ、王の子が優秀な職人になることが多いため、子に引き継がれることも珍しくない。
そこにきて、ゴルド王である。
ガラックの話だと、確かに優秀な職人ではあったが、弟――ガラックの叔父――にもっと優れた者がいたという。
ガラックとしては、父が努力と研鑽によって、王の座を勝ち取ったと、陰ながら誇らしく思っていたらしいのだが、不思議にも思っていたらしい。
「ドワーフは負けず嫌いの種族じゃぞ? 上の者を追い越すなんぞ、並大抵の才能では無理じゃ。親父殿には悪いが、それほどの才があったとは到底思えなかったんじゃ……。まさか、ワシの知らんうちに、世襲制に変わってしまっていたとはな」
「まあ、それも仕方ないだろうさ。職人の腕で決めようにも、誰も彼もが神の恩恵を受けちまってるんだ。優劣なんかつけられなかったんだろう」
ガラックの父が王になるまでの150年ほど、神に施しを受けまくって、優秀な職人が仕事を辞めてしまっている。優秀であればあるほど、神の生み出すものの価値を正確に見抜いてしまう。
見抜いた上で、自分の未熟さと限界を思い知らされる。
ある意味、残酷な話だ。
遷都も、世襲制に切り替わったのと無関係ではなかったのだろう。
無骨な職人の王都、その玉座に座ることを、もしかしたらゴルド王が嫌ったのかもしれない。
代々、王のためだけに受け継がれてきた書庫を放棄するほどに。
「書庫ですか……。あいにく、ワシは即位しても中に入っておらんのです。何が残されているのかは、大臣にでも聞いて下され。そうじゃな。もう、この国には無用のものですので、自由にしてくださって構いませんよ」
書庫の利用を尋ねた時の返答だ。
ついでに、旧ヴェルクヴェルクに残されているあらゆるものの所有権をガラックに譲ってもらうように交渉したら、あっさり了承してくれた。微塵も未練はないらしい。
ゴルド王としては、利用価値のなくなったあなぐらの都市に、何の用があるのか不思議でならなかったようだが、そこは濁しておいた。
新ヴェルクヴェルクの都市は、いずれ壊滅させるとは、言えんでしょ?
先代の王の時代から仕えていたという大臣に色々と教えてもらい、書庫のある地下王宮へと向かうことにした。ただ、中に何が残されているのかは、王しか入ることを許されていなかったために、不明なのだそうだ。
「ここじゃ」
大臣に教わった通りの場所に向かう。
カギはない。
というか、扉がない。
あるのは、モザイク模様の凝らされた、ただの壁である。
「壁……ですよ?」
ユグドもキョトンとした顔になっている。
「これは、ドワーフの仕掛け扉でな。歴代の王が職人の技術の粋を集めて拵えたものだそうじゃ。本来なら、王と、担当大臣しか開け方は知らんのじゃが……」
「大臣が嬉しそうだったのは、それでか」
せっかくの知識を、披露できる機会ができたからだったのか。
ガラックは、教わった通りの位置にあるモザイク模様のピースを押し込みながら、別のピースに手を伸ばす。
2か所のピースを押し込んだまま、今度は、グイと右手を下に、左手を上に動かした。そうすると、ぐるりと壁の一部が時計回りに回転し、モザイク模様の形が変わる。回転している間、内部でカチカチカタカタと仕掛けが動く音が聞こえた。
「こういったものも、レシピで造れるのですか?」
ソロリは緻密な仕掛けに感心しながら疑問を口にした。
確かに、気になるよな。
「いんや。こういったものは、余程腕が立つ職人でも無理じゃ。〈神の手〉にまで至った極々一握りの職人だけが、己の技術だけを頼りに作ることができるらしい。ワシが知る限り、そんな職人、もう1500年以上おらんがな」
正解パチパチパチ。
ただ、ちょっとだけ間違いがある。特殊な条件を満たした職人が〈伝説〉を越え、〈神の手〉というランクにまで至った際に取得する〈創意工夫〉というスキルによって、レシピから完全に解放されるのだ。ただ、ゲームと違い、発明の余地がある世界なので、もう少しハードルは低いかもしれない。
まあ、それにも、限度はあるけども。
ともかく、〈神の手〉とは、ただの称号ではないのである。何しろ、〈神の手〉とは、神の領域に達したことを意味するのではなく、神を越えたことを意味するからだ。
そんな職人によって作られた扉は、いくつもの仕掛けが連鎖して開けられた。
「まったく。こんな貴重な技術を捨てて行ってしまうとは、つくづく呆れてしまうわい」
超古代の技術でありながら、超文明の技術に思える仕掛けを目の当たりにし、ガラックだけでなく、俺達全員が先人の偉業に心を奪われたのだった。
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