第22話
「やっぱ、アンタは働かなくていいや」
「「え!?」」
俺の決断に、驚きの声を上げたのはガラックではなく、ユグドとソロリのふたりの方だった。
「よろしいのですか? やる気はなさそうですが、素人目にもこの方が一流の職人なのは間違いないと思うのですが?」
「一流の職人だからこそ、無理に働いてもらう必要がないんだよ」
ソロリの問いに俺が答えると、益々困惑されてしまった。
「どういうことなのですか?」
「簡単だよ。彼ほどの一流の職人が装備品を作っても、扱える者がいないだろ? ひとまず必要になるのは、質より量だ。で、あるなら、レシピがあれば職人はどうにかなる」
上位の装備品を使うためには、それなりにレベルが必要になる。装備品の持つ重さと扱う者のSTRが関係するからだ。この世界の住人のレベルの上がり方と、俺のレベルの上がり方が同じなのかはわからんが、大きくは変わらないと考えて問題ないだろう。
モンスターと戦うことがなくなって250年となると、長命種のエルフ族以外でレベルの上がっている者はほとんどいないだろう。そのエルフも、ソロリの話ぶりだと好戦的な種族ではない。強さよりも知識に重きを置くため、年長者であっても余りレベルは上がっていないと考えて良い。
何より、Greenhorn-onlineには、隠し要素として、レベルダウンの仕組みもある。そうそう下がることはないのだが、長期間戦闘から離れていると、少しずつ経験値が消失してしまうのだ。
おそらく、モンスターが暴れていた時代にレベルを上げた者も、だいぶ弱体化してしまっていることだろう。
次いで長命種であるドワーフも、強さより職人としての技量が尊ばれる。もしかしたら、今後の世界情勢によっては、このガラックが王になることもある得るほどだ。政治力はなさそうだけど……。
「なるほど、確かに。我が里でも、必要最小限のものは作っておりますが、レシピさえあれば何とかなっていますからね」
ダークエルフの里にも職人はいた。ただ、専門職というわけではなく、DIYレベルに近い。それでも問題ないのは、レシピと職人設備のおかげだ。ただ、〈木工〉や〈裁縫〉は日常生活や狩猟で必要なこともあり、それなりに専門の職人がいるし、〈調合〉の知識も深いので、得手不得手の範疇ではあるのだろう。
レシピと職人設備の関係は、ソフトとハードの関係に近い。
レシピがあっても、職人設備の性能が低ければ作れないものもある。しかし、初期性能の職人設備でかなりの範囲をカバーしているので、そこは問題ないだろう。
だが、逆に、職人設備があっても、レシピがなければ何も作れない。
それだけレシピの重要度は高い。それ故に、初歩レシピは職人ギルドで簡単に手に入る。
そこに来て、3000のレシピを持つガラックだ。
彼には、職人としての存在価値以上に、レシピ開発者としての価値の方が高いと判断するべきだ。
であるなら、無理に働いてもらう必要はない。気の向くままに、今まで通り好き勝手鍛冶場で遊んでもらう方が有益となるだろう。
「というわけで、ガラック殿。今のままの生活を続けてもらって構わないから、レシピが必要になった時に協力してもらえないだろうか?」
「なに? 働かなくてもいいの? レシピの提供だけなら、別にいいかな?」
「ふふふ……。心配しなくても良い。働かなくても良いどころか、どれだけ世界が変わっても、アンタの今の生活は保障しようじゃないか」
「え!? マジで? だったら、やるやるー」
「よろしいのですか?」
俺とガラックのやり取りに、心配そうにユグドが口を挟む。
「良いんだ。だって、彼は今までずっと働いてくれていたんだ。本人にその自覚はないみたいだけどね。努力を続けてきた者は、報われるべきだよ」
全ての努力が報われるわけではない。
それはわかっている。
でもさ。
頑張ったな。スゲーじゃん。って、言いたいんだ。俺が。
それに、最初、彼は才能に恵まれた人物だと思っていた。
しかし、それは思い違いだろう。
この部屋の至る所に放置されている無数のアイテム。それら全てが、ガラックの手によって作られたものだ。
彼は、ただ単純に、根っからの職人であり、地道に、ひとつずつ技術を習得してきたのだ。
美しさすら感じさせる一連の作業は、途方もない時間を費やして磨き抜かれた、彼の体に染みついた技術によって生み出されているのだ。
誰に強制されるでもなく、200年以上も続けられる。
彼の才能は、そこにある。
そして、またひとつ。ガラックの手によって、ひとつの短剣が生み出された。
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