第3章 導く者
第21話
「えー。嫌じゃあ」
エルフよりも更に背が低いくせに、体重は倍ほどありそうなずんぐりむっくり。タルのような体型だが、肥満によって形作られたものではなく、ギチギチに詰まった筋肉によるものだ。透き通るような白い肌のエルフとは対照的な褐色の肌に、立派なヒゲ。
そんなドワーフの鍛冶職人、ガラックは、心底嫌そうな顔で拒否してきた。
マサユキの案内で土の大陸、ドワーフ族の王都ヴェルクヴェルクにほど近い場所に向かうと、隠者のごとく一人で鍛冶職人を続けていた。
以前はそれなりの規模の鍛冶場だったのだろうが、朽ちた家屋ばかりが目に付く。そんな環境の中で、ひとり気を吐き鍛冶職人として仕事を続けているのだから、さぞかし熱心な職人だと思っていただけに、反応に困る。
「え? 何で?」
「だって。面倒臭そうじゃないか。せっかく、ワシらの仕事を神様が肩代わりしてくれるようになって、仕事に追われる生活を経験せずに済んどるというのに、なーんで、わざわざ苦労せにゃならん」
「じゃあ、何で、ひとりで鍛冶職人を続けてるんだ?」
「別に、ワシは好きでやっとるんじゃない。気づいたら、やってしまっとるだけじゃあ。あれじゃ、絵描きが息抜きにラクガキをするようなもんじゃ。ワシの場合は、ラクガキしかしとらんがな。がっはっは」
ってか、この世界に絵描きなんて、いるのか? この話ぶりだと、いるんだろうな。そんなもん、見た記憶ないけど。
「でも、ハナレの人たちに、農具を作ってるんだよね?」
「んー? ああ、あそこの連中は、ワシの世話をしてくれるからの。その代わりに、好きなもんを持って行って良いと言っとるだけじゃ」
どーうしよう。この意識低い系キャラ。俺の好きなタイプだから、このままでいて欲しい。でも、ここに来るまでに聞いた話だと、腕は確かなのだ。
ハナレの住人だけでなく、ソロリの暮らすダークエルフの里にもナイフや包丁などが伝わっているらしい。
エルフの寿命は1000年ほど。ドワーフは確か350年ほどだったか。
ユグドに聞いてみたところ、緑山さんがいなくなって250年近く経っているらしいので、ここから職人が消え始めたのも、150年から200年前といったところか。もしかしたら、もっと早かったのかもしれない。
ガラックがここで職人を続けてどれくらい経っているのかはわからないが、話ぶりから推測するに250年近いと思われる。
それだけの時間、暇つぶしとはいえ継続してきたのだから、そりゃ職人レベルも上がるわな。カンストしていても不思議じゃない。
この世界の鍛冶が、俺の知っている〈鍛冶〉スキルと同じ扱いなのであれば、作り方は子弟関係による伝承ではなく、レシピによる固有財産だ。レシピによって作り方を知り、スキルによって材料を加工することで生み出される。そこに必要な技術は、職人のレベルが上がることで自然と会得していく。肝心なのは、作った回数と、DEXの値だ。
ただ、職人としての勘みたいなものによって、できの良さに幅は発生する。
そして、ガラックは、もしかしたら、ドワーフという種族は、おそらく、この勘が優れている。
今も、俺と話をしながら、手持無沙汰とでもいうように、ハンマーを振って何かを片手間に作っているのだが、呆れるほどに鮮やかな手際なのだ。一流の職人による作業は、一流のパフォーマンスと変わらない。
更に言えば、職人としての腕前が〈熟練〉を越え、〈達人〉クラスにまで上がると――他にもいくつか条件があるが――レシピがなくともアイテムを作れるようになる。もちろん、レシピのデータがそもそも存在しないものは作れないが、レシピを自分で見つける楽しさが追加される仕様だ。
ついでにいえば、既存のレシピを改良して、派生させることは〈達人〉に至らずとも、〈駆け出し〉どころか〈見習い〉であっても可能だ。
ガラックのランクは、〈達人〉ということはないだろう。これ以上のランクに上がるには、回数だけでは到達できないので、最上位の〈神の手〉には至っていないとしても、〈国宝〉もしくは、その上の〈伝説〉に該当するだろう。
うーん。やっぱり、この人材は欲しい。
でも、やる気は出してほしくない。
ジレンマだな。
いや、ちょっと待てよ?
「すまない。聞き方を変えよう。いますぐレシピ化できるものは、どれくらいある?」
「んー? いちいち数えとらんから、ざっくり3000くらいかの? もしかしたら、もっとあるかもしれん」
「「「「3000!!」」」」
ガラックの答えに、俺だけでなく、ユグドとソロリ、それだけでなくマサユキまでも声を上げて驚いてしまった。鍛冶のレシピって、そんなにあったっけ? って、驚きも大きい。
しかし、見たところ、鍛冶だけでなく、錬金と細工もやっているらしいので、合わせてのことだろう。
それでも、多いのだが。
うん。やっぱり、ガラックはなくてはならない人材だ。
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