第19話

 ダークエルフの協力は得られそうだ。

 しかし、問題は山積みだ。

 生活基盤に必要な能力が圧倒的に足らない。

 エルフ達は、森の中で、森と共存共栄している種族だ。採取や狩猟は得意であっても、農耕といった分野には疎いらしい。そもそも、人口が多くないため、定住というシステムよりも、拠点を転々とする方が適している。一族総出の大移動は大変そうだが、転移の魔法があるため、そうでもない。森の中にいくつも拠点を用意しており、状況に合わせて最適な場所に移住して暮らしているようだ。

 それでも、パンやパスタは食している。

 小麦や米といった穀物を育てているわけではない。

 では、どうしているのか?

「ほお。取引している相手がいるのか」

 それは、つまり、ここのダークエルフ以外にも、自立している者がいるということだ。それとも、神から与えられたものと交換しているのだろうか?

 物々交換が成立しているらしいので、対等な関係である可能性の方が高いとは思うが、実際に行って確認した方が良いだろう。


 里全体の協力とは別に、ミゼリーの紹介で、案内役のソロリというダークエルフの男の子が旅の一行に加わることになった。

 ミゼリーの孫にあたる人物で、男の子と表現したものの、里では若手に類するとはいえ、俺が3回~4回寿命をまっとうした程度の長い時間を生きている青年である。

 エルフ族は、長命であるが故に、繁殖力は高くなく、人口は多くない。子どもが生まれる時は、数年、下手したら数十年に一度という頻度のため、お祭り騒ぎになるそうだ。

 ソロリは、眉目秀麗の細身の体だが、狩猟の腕だけでなく、魔法の知識も豊富らしく、ゆくゆくは長として里を取り仕切るらしい。小柄であるが、それはエルフ族の特徴でもあるので、減点対象とはならない。

 彼の両親も健在な上に、ミゼリーもまだまだ現役なので、見聞を広げるためにも俺に貸し出されたと捉えるのが正解だろう。

 それに、能力的には、オールBというタイプの万能型で、協力者としては申し分のない人物だ。

 

「情緒もへったくれもねーな」

 ソロリを連れ、取引相手のいる闇の大陸に渡る。

 俺の転移オーブを使い、陸路をひた走ることになるかと思っていたが、ソロリの魔法で一瞬だった。

 魔法って便利。

 俺も使いたい。

 俺のステータスで使えるのドレイン系くらいだけど。それすら覚えてないけど。

「ここは、おばあ様達が風の大陸に移住する以前より取引している人間族の集落で、私たちはハナレと呼んでいます」

「ハナレ。聞いたことのない場所だな」

 Greenhorn-onlineにはなかったはずだ。

「こことは別に、隠れ里があるらしく、そこから離れて暮らしているから、そう呼んでいるそうですよ」

「あー、なるほど。隠れ里の連中か」

 色々と合点がいった。

 闇の大陸に住む人間族で隠れ里ということは、忍びの一族ということだ。神の恩恵から外れている可能性の方が高まった。というか、周囲を見渡せば、自立して、農耕栽培に精を出しているのは一目瞭然である。

 しかし、そうか、あそことは別に、活動拠点があるんだな。

 知っている情報と、ソロリとの情報をすり合わせ、自分の知識に修正を入れる。

「さすがは賢者様。隠れ里の者をご存知なのですね」

 隠れ里は、完全にジャパニーズニンジャを元ネタにしたバックボーンを持たせたはずなので、Greenhorn-onlineオリジナルかと思っていたのだが、ちゃんとこっちの世界にもあることに、実は驚いている。

 あの人、地球に行く前に、漫画でも読んで情報収集してたんじゃなかろうな? スマホも準備してたし。

 あり得そうだから、確認するのはやめておこう。この世界の創造神の顔を思い出し、遠い目になる。

「そうだな。俺も、忍びの知識はあるが、一致するのかは定かではない。案内を頼むよ」

 交渉役がいるのだから、任せた方が楽だろう。

 ソロリに連れられ、ハナレの代表の所に向かうことになった。

 ここは、忍びの里とは違い、修行の地ではない。対外的な活動をするための出先機関であり、農作地帯であるようだ。見渡す限り、長閑な風景が広がっている。古き日本の伝統的な風景とも言えるだろうか。

 ただ、闇の大陸は陽射しに恵まれていない。というか、場所によっては一日中夜というくらいの土地である。

 そんな場所で農作物が育つのかと思ったが、ここで育てているのは、日の光ではなく、MPの素であるマナを吸収して育つ作物なのだそうだ。マナとは、大地から染み出す魔力と考えてもらえばいい。このマナをプレイヤーが吸収することで、自動回復するという設定になっており、これは、この世界でも適用されているらしい。

 どうやら、忍びとしての活動を引退した者が老後の生活を過ごす地であるらしく、見かけた住人は中高年ばかりである。

 しかし、中高年ばかりとはいえ、忍びとして生きてきた者や、それなりに訓練を積んだ者ばかりなのだろう。足腰が弱って見える者はいない。もしかしたら、見た目以上に、若いのかもしれない。

 何なら、この世界に来る前の俺よりも元気そうだから、同年代の可能性もなくはない。そういえば、紫外線を浴びることで肌の衰えは加速する。畑作業で外に出る時間が長いはずなので、皺や染みが目立つのも無理はないのかもしれない。


 小さな集落を抜け、ソロリに案内されたのは小さな一軒家だった。この集落では珍しくもない大きさで、質素な造りである。

「ここに、ハナレの長がいるはずです」

 ほーん、と思っているうちに、呼びかけてもいないのに、家の中から誰かが出てきた。

 皺が目立ち、枯れ木のように細い腕、漂わせる空気感からして、穏やかな好々爺そのものだ。

「誰かと思えば、ソロリ殿じゃないか。はて、何か約束をしていたかね?」

「ちょうど良かった。マサナガ殿。今日は、こちらの賢者様の話を聞いてもらいたくてやってきたのだ。時間を頂けるだろうか?」

 ソロリの言葉に、マサナガは怪訝な目を俺に向けてきた。

 その瞬間、思わず背筋がピンと伸びた感覚があった。

 おっかねー。

 絶対人殺したことあるだろって、鋭さの視線が一瞬で俺の全身を貫いたからだ。

 下手なことは言えんな、こりゃ。

 俺は気を引き締め、対峙する決意を固めるのだった。

 

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