第16話

 スタート地点に戻り、今度は反対方向に進んでいく。

 ゲーム内では大陸をいくつにもわけたエリアで区切られており、そのエリアの一部でPVPを行えるようにする予定だ。

 これから向かうのは、そんなPVP解禁エリアのひとつとして設定してある場所である。

 まあ、この世界では、PVPという概念はない。

 というか、争いは普通に起こるので、どこでもPVPが可能と言えなくもない。でも、それが起こらない。

 起こらないことは良いことなんだから、そこはあまり変えたくないんだけど、まあ、起こるようになってしまうだろう。

 戦争によって科学が進歩してきた側面はある。良いか、悪いかではなく、それが歴史というものだ。人の業と言うものだ。

 でも、この世界では、争う相手は、人族ではない。モンスターだ。

 そこを上手く誘導できれば、人族同士の戦争を回避できるかもしれない。

 ってか、そういう部分だけ神が働けば良いのだ。となると、やはり、神を一斉休業させてしまうのは、避けた方が良いってことだな。

 ユグドと一緒に行動するようになってからというもの、移動中は考え事に費やす時間が増えている。

 自動運転の安全な旅。ユグドには悪いが、そんな感覚だ。

「そろそろ、ダークエルフの暮らす森に入りますよ」

 南に広がる大森林。そこにも世界樹が根を張っている。ダークエルフ達は、その世界樹を見守り、森の管理を行っているらしい。


 自然とともに生きる。

 森を育て、森で育つ。森の恵みに感謝し、生きる。

 ダークエルフの里は、本来、魔法によって隠れ里となっているのだが、そこは森の守り神ユグドである。

 迷うことなく案内してくれた。

「ようこそお越しくださいました。お久しぶりでございます。ユグド様。大したもてなしはできませんが、ゆっくりして行ってくださいませ」

 ユグドが名乗ると、すぐに里長の所に通された。ユグドが森の守り神であることを疑う素振りもない。どうやら、顔馴染みのようだ。ちなみに、この辺りでは、ユグドではなく、別の名で呼んでいるそうだが、俺がユグドと呼んでいるのに合わせてくれているらしい。

 今まで見てきた、どこよりも質素な暮らしぶりだ。ここでは、エルフ特有の、木の洞を活用した家屋が主流のようである。

 贅沢品と呼べるものは見当たらないが、工芸品は散見され、よくよく部屋の調度品を見てみると、質素な中にも手の込んだ逸品が溢れている。

 何より、この里の者は、自分の意志で働いている。

 たったそれだけのことのはずなのに、彼らの目には生きている者が発する輝きが感じられた。

「久しぶりですね、ミゼリー。今日は、大事な用があって来ました」

 ミゼリーと呼ばれたダークエルフの里長は、今まで見てきたエルフと大きな違いはなかった。人間よりも少し大きな耳の先端が尖り、小柄。里長を務めるだけあって、高齢なのだろう、顔にシワも目立つ。エルフ族で老化が始まっているというこは、すでに千年近い歳月を生きてきた者、という証でもある。

「大事な用、ですか。それは、そちらの方に関係することでしょうか?」

 ミゼリーは、俺に視線を向けてきた。聡明な方で話が早い。ありがたいことだ。

 ……が。

 挨拶をしようとして、少々、困ったことになる。

 何と自己紹介すればいいんだ?

 イネトの眷属、とも、ちょっと違う。だいたい、イネトのことは公にできない。下手な説明をして、今後に支障が出ても困る。

 あー。

 えーと?

 何か言葉を出そうとしながらも、続かない。

 どうしよう? と、思っていると、突然、プルルルと、機械音が聞こえてきた。

「へ?」

 何事かと思っていると、ユグドが慌てた様子で何かを取り出した。

 何か、っていうか、スマホみたいなもの。

 っていうか、スマホそのもの。

「はい! お久しぶりでございます」

 ユグドが緊張した面持ちでスマホを操作したかと思ったら、頭を下げながら誰かと会話を始めてしまった。

 うん。スマホだね。

 電話相手は、上司かな?

 なんとなーく、相手が誰なのかがわかったので、なりゆきに任せることにした。

「はい! はい! かしこまりました! そのように説明いたします。 はい! コウ様。イ……、御父上からでございます」

 腰を直角に曲げたまま、ユグドはスマホに向かって話していたかと思ったら、俺に差し出してきた。

「ん? 俺に? はいよ」

『やっほー、コウさん。順調?』

「ある意味、順調ですかね。ってか、これ、何なんです? スマホですよね?」

『スマホだねえ。その世界の神と連絡とれるように、渡してあったんだけど、僕がそっちの世界にいないと、回線つながらなくて、困ってたんだよね。でも、コウさんとのチャット回線を利用すれば、干渉できるんじゃないかと思って、試してみたんだよ』

「じゃあ、これからは、そっちから他の神様の説得できるってことですか?」

『うーん。それは、ちょっと難しそうかな? コウさんの近くじゃないと、回線が届かないらしくて。今も、ユグドにしかつながらないし……。たぶん、それを使って他の神に連絡取るのにも使えないかも。でも、直接交渉で難航した時は、手助けできるんじゃないかな?』

「マジっすか。まあ、でも、だいぶ助かりますかね」

『ほーい。じゃあ、引き続き、よろしくねー』

「了解です」

 話が終わると、緑山さんは、さっさと切ってしまった。ユグドに別れの挨拶しなくて良かったのか? と、思ったが、ユグドは最高神の神気に当てられて、どことなくぐったりしているように見えたので、良かったのだろう。

「で? 何だって?」

 俺の問いかけに、そんなぐったりした様子から一転して、引き締まった表情を作る。

「ミゼリー。こちらは、わたしの御父上によって招へいされた、知恵と知識の神、コウ様です。あなた方に、お話があってやってきました」

 唐突なユグドの説明に、何言ってんだコイツ? という視線を、あんぐりと開けた口とともに向けることになってしまった。

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