第15話
「ねえ……。あの人達、何やってるの?」
エルフの辺境都市、エルダールに到着しても、ユグドは一緒について来てくれた。まあ、こっちからお願いしたんだけどね。
やっぱり、頼れるのが、異世界になってしまった地球にしかいないってのは、心細いものなのよ。
ちなみに、鹿の神獣の姿では目立ちすぎるので、エルフの少女になってもらっている。というか、俺からしたら少女にしか見えないのだが、エルフは長命なために、年齢はよくわからん。
「フィギュアを作っていますね。エルフの方々は、もう何十年もあれの研究に没頭されてますよ?」
鬱蒼と茂る森の中にぽっかりと開けた土地があり、そこでエルフが都市を築いている。とはいえ、彼らの居住地は大木の洞を活用したものがほとんど、のはずだったのだが、人間族と変わらぬ家に住んでいる。機能的な家を神に頼んだ結果であろう。
お前たちのアイデンティティはどうした? と、軽く問い詰めたくなったが、グッと我慢する。
それよりも気になることをやっていたからだ。
「フィギュア?」
誰も彼もが家の軒先で作業に没頭しているのである。
「エルフは人族の中でも飛び抜けて長命ですからね。暇を持て余してるんですよ。わたしとしては、森の管理をやってもらいたいのですが、どういうわけか、働かなくなってしまいまして。今では、魔法を使わずに、どれだけ精巧なバアリール様のフィギュアを作れるか、競い合っているのです」
仏像を彫り上げるみたいな感覚か? それにしても、気合の入れ方が、乳の形の良さに偏って見えるのだが? やっぱり、人族、ダメかもしれない。
「バアリール様ってのは、確か、この大陸の守護女神様だったか?」
「そうです。大変美しい、風と豊穣の女神であります」
「ふむ。しかし、ユグドさんや」
「はい?」
「さっき説明したばかりのはずだが、何故、彼らが働かなくなった理由がわからないのかね?」
「え!? 先ほどのお話が、働かなくなった理由につながるのですか!?」
ユグドの反応を見て、額に手を当てタメ息を吐き出す。
「逆に、働かなくても生きていくのに困らないのに、どうして働くと思うんだよ?」
「わたし達は、働いていますよ?」
「違う。お前達、神しか働いていないんだ。そして、そっちの方が異端だ。いいか? 仕事ってのは、対価があるからやるんだ。逆を言えば、対価を必要としなければ、仕事をする意味がない。誰だって、仕事はしたくないものなんだよ。遊んで暮らせるなら、一生遊んで暮らしたい。俺が元いた世界には、仕事が生きがいなんていう狂った人間もいたが、そういう人でも、何の利益もなしに働こうとは思わないんじゃないかな」
俺の言葉に、自分の常識が覆されたようにあんぐりと口を開けて驚いて見せる。
「わわわ、わた……わたし達は、間違っていた、と?」
「いや。それは、俺にもわからん。でも、少なくとも緑山さんは、正しいとも思ってないよ」
イネトの名は軽々しく使わない方が良さそうだったので、緑山さんの名を使うことにしていた。そのため、ユグドも、緑山さんが、誰のことを指しているのかは、すぐに理解してくれた。
「そうなのですか……」
どことなく、しょぼんとした雰囲気だ。
そりゃ、創造神からダメ出しされたようなものなのだから、落ち込むのも自然なことだろう。
この後も、ユグドに移動を手伝ってもらい、北上しつつ、人間族の都市エアチュール、人間族の王都ヴェルデアリア、エルフ族の王都アルダールを巡った。
王都と呼んだが、王族が何かやっているわけではなかった。
惰性で血筋を守っているだけのようである。
「どこも代わり映えしないな」
アルダールまで足を運んでみたものの、自立している者を見つけることはできなかった。元々期待はしていなかったが、思っていた通り深刻な状況のようだ。
「コウさんと一緒に各地を巡ってみますと、確かに、覇気は感じられませんね」
ユグドも、俺から様々なことを聞かされ、意識に変化が起こってきたようだ。
「だろ? しかし、エルフがダメとなると、次はドワーフか?」
「何かお探しのようですが、暮らしを視察されていたのではないのですか?」
「ああ。言ってなかったか? 実は、現地調査も目的なんだけど、自立している人族がいたら、協力してもらおうと思ってるんだよ」
「そうだったのですね。それでしたら、一部のダークエルフが、今でも森の管理を続けていますよ?」
「え!? そうなの?」
「はい。この大陸にも、わずかにですが、集落で暮らしています」
「あー。そういえば、いたね」
エルフにばかり気を取られていて、すっかり忘れていた。
とはいえ、この世界のダークエルフは、基本的にエルフと同族だ。遺伝子的にも文化的にも、何の違いもない。
歴史的な観点で、風の大陸にエルフが国を興した際に、その勢力に加わらず、闇の大陸での暮らしを選択した者達のことを、別の種族が便宜上区別するためにダークエルフと呼ぶようになっただけである。
そして、そんなダークエルフの一部の部族が、エルフの国がある風の大陸にも移り住んでいるのだ。それでも、アルダールに組みしていないエルフは、ダークエルフと呼ばれ続けている。
「確か、この大陸のダークエルフの集落って」
「はい。南の端ですね」
南の端。ここアルダールは、北の端とも呼べる。要は、大陸の出発点、ウィンドレッドにほど近いということだ。
俺は、転移オーブを使って、ユグドとともにウィンドレッドに戻ることにした。
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